余命宣告のストラテジー そのひと手間が訴訟を回避する
病名や余命の告知に伴うトラブルを事前に回避!
内容紹介
医師の説明に関するトラブルは、最近の人権意識の高揚、自己決定権重視の風潮により、今後ますます増加が予想されています。患者が医師とコミュニケーションをうまく取れないと、治療に対する満足度が低下し、ひいては医事紛争が起こりかねません。
患者に対する説明は医療者全体に関わる重要な問題ですが、いままで広い視点から系統立てて整理した本は多くはありませんでした。本書では、臨床家の立場に限定せず、関連領域の視点からも、病名や余命の告知に伴うトラブルの防止に役立つ知見をできる限り多く収録し、問題を多角的に検討できるよう工夫されています。
救急医療・終末期緩和ケア、医療コミュニケーション学、医学教育学など領域の異なる複数の専門家が、どういったときに訴訟リスクとなるのか、どのように伝えればそれを回避し、より良い医師―患者関係を継続できるのかを、医療訴訟の統計的なデータや現場の医師の実際的な取り組みと合わせて分かりやすく紹介しています。
序文
このたび領域の異なる複数の専門家が患者に対する病名や余命の告知の問題を自身の立場から検討し、一書にまとめて上梓することになりました。
患者が医師とコミュニケーションをうまく取れないと、治療に対する満足度が低下し、ひいては、医事紛争が起こりかねません。わが国の最近の医事訴訟を見ますと、診断、処置、投薬については医師に過失がないにもかかわらず、説明義務違反を理由に医師の過失が認定される事案が増えています。その中でも、病名や予後の説明に関する事案が多く含まれており、この問題が重要な課題になっていることが分かります。患者は医療者とのコミュニケーションについて最も不満を持ちやすいと言われています。医師の説明に関するトラブルは、最近の人権意識の高揚、自己決定権の重視という風潮とも相まって、今後ますます増えることでしょう。
医師は患者に対して説明義務を負っていますが、説明の程度については争いがあります。(1)一般的(平均的)な患者が求める説明をすればよい(平均的患者説)、(2)一般的(平均的)な医師が行う説明をすればよい(平均的医師説)、および、(3)具体的な患者が求める説明をすればよい(具体的患者説)という3通りの考え方があり、裁判所は医師の負担が最も大きい具体的患者説を採用しています。しかし、全ての患者が本心を打ち明けるわけではなく、多忙な医師にとって、患者の具体的な要望を正確に把握するのは難しい仕事です。
病名や余命の告知については、そもそも告知をすべきかどうかの判断が難しい、患者が医師の説明を正しく理解しない、往々にして医師の説明通りに病気が進展しない、等の問題があります。今日まで、わが国では医師の患者に対する説明責任だけが注目されてきました。しかし、看護師、理学療法士、薬剤師等、治療に関わる多くの医療者が患者とのコミュニケーションに関わる可能性があります。その意味では、患者に対する説明は医療者全体に関わる重要な問題ですが、広い視点から系統立てて整理した書籍は多くありませんでした。
そこで、本書では病名や余命の告知について、複数の専門家が多角的に検討しました。先ず、救急医療や終末期緩和ケアに携わっている先生方(永田、岡村)に臨床医の視点から医療現場における病名や余命告知の問題を検討してもらいました。これらが本書の中核を成しますが、それだけに止まらず、問題をより深く理解するため、少し離れた医療コミュニケーション学(萩原)、医学教育学(菊川、金澤)の立場から当該領域の研究成果を踏まえ余命告知の問題を検討しました。臨床家の立場に限定せず、関連領域の視点からの分析もほぼ同等のスペースを割き、問題を多面的に論じている点が本書の特徴になると思います。更に、病名や余命の告知に伴うトラブルの防止に役立つ知見を出来る限り多く紹介するように努めました。本書の評価は読者に任せたいと思いますが、余命や病名告知の問題を臨床症例、先行研究、実証データに基づいてかなり深く、かつ、重層的に論じることが出来たのではないかと思っています。
本書が病名や告知にまつわる臨床現場の先生方の負担の軽減、ひいては、終末期医療における医療者-患者コミュニケーションの改善に少しでも資することが出来れば大変うれしく思います。最後になりますが、本書の出版に際し、コロナ禍の渦中にも関わらず、株式会社 金芳堂 編集部の浅井健一郎氏、河原生典氏をはじめ多くの方々のお世話になりました。ここに記して謝意を表したいと思います。
令和2年12月
大阪北千里 萩原明人
目次
第1章 医師の説明と患者の理解
0.はじめに
1.医師の説明義務の重要性
- 1)医事訴訟の法的構成
- 2)説明義務の法理
- 3)説明義務の法理と医療過誤訴訟
- 4)まとめ
2.医師の説明義務に対する裁判所のスタンス
- 1)末期がん患者に対する病名告知について
- 2)病名の告知
- 3)代諾について 1
- 4)代諾について 2
- 5)まとめ
3.医師の説明に対する患者の理解とは何か?
- 1)パス解析による患者理解の要因
研究ノート 1
- 2)医師の説明に関する患者と医師の認識
- 3)本知見の実務上の意味合い
4.医師の患者に対する説明態様と過失責任
- 1)判例分析に基づく知見
- 2)医師の説明義務違反に関連するコミュニケーション行動
研究ノート 2
- 3)どのような場合に医師は説明義務違反になるコミュニケーション行動を取るのか?
- 4)知見の実務的な意義
5.医事紛争に関係する医師のコミュニケーション行動
- 1)Hicksonらの研究
- 2)Levinsonらの研究
- 3)Buckmanらの研究
- 4)まとめ
6.結論:より良い医療コミュニケーションや余命告知に向けての提言
第2章 余命告知、Bad News Telling、インフォームド・コンセントの理論
1.現場に役立つ臨床コミュニケーション概念モデル
- 1)医療従事者にとってのコミュニケーションとは何か
- 2)臨床コミュニケーションスキルの種類
- 3)診察をするための枠組みとなるコミュニケーションの概念モデル
- 4)方針の合意をするためのコミュニケーション技法
2.End of Life Communication 〜終末期における臨床コミュニケーション〜
- 1)終末期とは
- 2)終末期における心肺蘇生とDNAR
- 3)Advance Care Planning
- 4)現場が抱える終末期医療の問題
3.悪い知らせをいかに伝えるのか~2つの概念モデル紹介~
- 1)SPIKES プロトコール
- 2)SHARE概念モデル
- 3)SPIKESとSHAREの違い
4.臨床コミュニケーション教育
- 1)臨床コミュニケーション教育のこれまでと現在
- 2)シミュレーション教育の需要の高まり
- 3)ビデオレビュー
第3章 救急医療における余命告知とBad News Telling
1.救急医療の課題と高齢化社会
- 1)コミュニケーション
- 2)救急医療におけるBad News Telling
- 3)高齢者救急
- 4)コミュニケーション教育の必要性
2.救急における余命告知
- 1)救急における余命(死亡の)告知
- 2)医師のスキルとしてのコミュニケーション
- 3)救急室における死の宣言PRQST法
- 4)GRIEV_ING法
- 5)Buckmanの6段階法
3.余命告知に関する成功事例、新たな取り組みに関する紹介
- 1)危機管理におけるリスクコミュニケーション とクライシスコミュニケーションのあり方
- 2)救急医療の現場におけるさまざまな取り組みや事例の紹介
- 3)高齢者医療
- 4)終末期医療
- 5)困難な事案 虐待児の対応をめぐって
- 6)術後合併症
- 7)最後に
第4章 終末期医療における余命告知とBad News Telling
1.そもそも「終末期医療」でどんな時にトラブルが起こるのか?
- 1)終末期の定義を考える
- 2)本人、家族が終末期と認識していない場合
- 3)医療者が終末期と思っていない時
- 4)予期せぬ急変
- 5)家族が本人への告知を拒む時
- 6)医療者の想像を超えて生存した場合
- 7)良い「終末期医療」とは?
2.終末期における「Bad News Telling」はなぜ難しいのか?
- 1)Bad Newsとは何か?
- 2)医療者要因
- 3)患者側の要因
- 4)社会的要因
3.終末期の余命予測は当たるのか?
- 1)そもそも当たらない余命予測
- 2)Illness Trajectory ~ガン編~
- 3)Illness Trajectory ~非ガン編~
- 4)余命予測のためのツール
4.余命予測は、伝えるべきか
- 1)余命告知は誰のため?
- 2)余命告知の有無、を論点としないコミュニケーション
- 3)余命告知の実際