脳卒中を診るということ
-症候と画像、機序から見た診療指針-
症候と画像、機序から見た脳卒中診療の手引書
内容紹介
三大疾病のひとつ脳卒中は重要な疾患であるが、そこに含まれる脳血管の出血(脳出血)、脳血管の閉塞(脳梗塞)の初期対応が最重要である。そこで救急外来や一般外来で出会うさまざまな脳卒中を疑うような症候を手がかりに、すばやく鑑別にたどりつくための書籍を制作しました。
症候によっては最初から除外できるカテゴリー、発症原因、発症部位があり、脳卒中だからとただ漠然と脳を調べても時間がかかってしまう。そこで症候別病巣と病態に直結する診療の流れを把握するのが初期対応の迅速化に有効なのである。
脳卒中の病態と病巣を示唆する症候をとっかかりにスタートする初期対応から、鑑別までの流れがわかるとともに、その流れのなかで用いられる様々な技術(CTとMRI・MRAの画像診断など)の使い方について記載することで、実際の診療の手引きになることを意図した。無駄な検査をせずに早期鑑別が可能になる。
熟練者にとっても、経験を合理的に把握する契機になるとともに、レジデントや非専門医にとっても脳卒中の全体を把握しやすくなると考えられる。
序文
私が「脳卒中を診るということ」を意識し始めたのは恩師亀山正邦先生に出会ってからである。
先生との日常は1977年夏、第三内科河合忠一教授の仲介で、老年科に来ないかというお誘いをお受けして始まった。当時、私は第三内科の医員として病棟と外来で神経内科患者を診察し、第一回神経学会専門医試験に合格し、同時に京大病理で高血圧自然発症ラットの脳卒中発症について研究をしていたが、将来に関してはある種の閉塞感を感じていた頃でもあった。
老年科に移ってからは、先生と共に週2回の外来、講義やポリクリ・回診の手伝いと、忙しいが大変充実した毎日が続いた。また丁度この頃、京大病院にEMI Scanが導入され、脳卒中の画像診断が身近となった時期でもあり、日々のカンファレンスで先生から提示される浴風会病院や東京都養育院病院時代の豊富な剖検脳所見や的確なコメントは何物にも代えがたい貴重な経験になった。急性発症のせん妄と健忘で優位側後大脳動脈領域梗塞がCTで判明した患者の場合も、先生は、すぐさまPrinceton Conferenceのproceedingsにこのことに関するCM Fisherの記載があると教えて下さり、これが私の健忘に対する興味の端緒となった。
助手になって2、3年した頃、熊本大学荒木淑郎先生や京大脳外科創始者である荒木千里先生の奥さんからニューヨークの平野朝雄先生の下への留学話が持ち上がった。亀山先生とは教授室では、日頃からいつも立って短く会話を交わすのが常であった。この時も日常業務に関する立ち話の中での相談になったが、先生はただ一言、「行かなくていいよ」と、言ったのみであった。
この時から私の内側では強固な先生との師弟関係の絆が形成された。
その後、先生は私の未熟な学会発表や論文をいつも容認してくれた。恐らく思うところが沢山あったと思うがそれをあまり出さない人であった。論文チェックも客観的な指摘に留まり校閲は半日で戻ってきた。講義も診察も実に簡潔にして要を得たものであった。先生からは、無意識に、知らずして学ぶところが実に多かった。退官の後もこの不肖な弟子をいつも支持し盛りたててくれた。私は先生に出会えて大変幸せであり、もうそれで十分だったといつも思っている。
亀山先生の後、京大神経内科を引き継いだのが木村淳先生であった。木村先生は我が国の、というより世界的な電気生理診断学のパイオニアであり、この分野への教育と啓蒙への貢献もまさに世界的である。領域は異なるが脳卒中学の偉大な先達であるDr.L Caplanは先生の親しい友人であり、それぞれの領域での先導的な役割をお互いが強く尊敬しあっていた。木村先生は私に“秋口君はどうして留学しないの? 忙しくても短期間なら仕事の割り振りをして行けるだろ。是非行ってきたら? 行きたいところがないのならCaplanを紹介しようか?”と強く勧めてくれた。結局、私は、現在まで長年の盟友関係が続いているウィーン大学神経研究所臨床神経病理部門のDr.Budkaのもとに行き念願の血管性認知症の病理研究を本格化させることになった。
しかし、そのCaplanのもとへ強く留学を希望し、木村先生の紹介でそれを実現させたのがこの本の共著者で、やはり亀山先生の門下生である山本康正先生である。以来、先生は現在に至るまで忙しい臨床の合間をぬってボストン、北米への学会参加と短期留学を繰り返している。長年の共同研究者である山本先生と私との絆は二人の共通の恩師である亀山先生と、Caplan、木村両先生が取り持ってくれたと言っていい。これまで山本先生は主に脳の大血管病を、私は脳の小血管病をそれぞれの専門として診てきた。それらの経験と恩師亀山正邦先生からの教えがこの教科書の基本にあり、我々のささやかな脳卒中神経学への使命感がこの本作成の背景にある。亀山、Caplan両先生およびCaplanの師であるCM Fisher は血管病理・神経病理に基づいた脳卒中の症候と機序の理解がいかに重要であるか、stroke neurology脳卒中神経学が日常診療や臨床神経学の中でいかに大切であるかを教えてくれた。近年ではこのことを実践するための画像診断学が加わり、今やCTとMRI拡散強調画像およびMRAは目の前の患者の症候と卒中機序をリアルに映し出す極めて有用な鏡になったといっていい。この本では多くの画像診断を症候別にその卒中機序とともに提示し、これらのことをお示しできたらと思う。
最後にこの本の脱稿を辛抱強くお待ち下さった金芳堂の市井輝和さん、浅井健一郎さん、宇山閑文さんに心より感謝いたします。
2021年9月
秋口一郎
目次
総論 初診時の診察・検査と診断・治療の手引き
1 脳血管障害の五つの脳部位、五つの血管領域、五つの障害機序
2 脳卒中を疑う患者の迅速診断
3 脳卒中に絞り込む画像診断
4 脳卒中を除外する鑑別診断
5 脳卒中の障害機序別に診断と治療を進める
6 主幹動脈閉塞を中心とした急性期卒中の治療指針
各論 主訴を手掛かりに脳卒中を診る
1章 意識障害を診る;昏睡・混迷・傾眠・異常行動
1 意識障害の診察
2 病歴や問診情報による鑑別診断
3 高度な意識障害を示す脳血管障害
4 脳血管障害における傾眠、錯乱、意識変容
5 特殊な“昏睡様状態”
6 行動異常を示す脳血管障害
2章 痙攣、異常運動、運動失調を診る
1 脳卒中と高齢者てんかん
2 脳卒中とてんかん重積・非痙攣性てんかん重積
3 脳卒中後てんかんの画像所見と病態
4 脳アミロイド血管症と高齢者てんかん
5 脳卒中と異常運動(不随意運動)
6 脳卒中による運動失調
3章 麻痺・脱力を診る;片麻痺・単麻痺・対麻痺
1 運動麻痺の問診
2 運動麻痺の診察
3 運動麻痺のパターンと随伴症候
4 運動麻痺の脳部位、責任血管、卒中機序
5 運動麻痺とは異なる運動障害
6 運動麻痺があってDWI高信号がみられないとき
4章 頭痛・頚部痛を診る
1 くも膜下出血
2 可逆性脳血管攣縮症候群
3 可逆性後頭葉白質脳症
4 慢性硬膜下血腫
5 脳静脈洞血栓症
6 下垂体卒中
7 脳梗塞と片頭痛
8 椎骨動脈解離
5章 めまい・ふらつきを診る;回転性めまい、平衡障害、眼振、眼球運動障害
1 脳卒中によるめまいの問診と診察
2 めまいの随伴局所神経症候と頭痛をチェック
3 めまいのみか、蝸牛症状を伴うかをチェック
4 起立・歩行障害をチェック
5 眼位・眼球運動・眼振をチェック
6 良性発作性頭位めまい症をチェック
7 持続性知覚性姿勢誘発めまい
8 大脳病変によるめまい
9 その他のめまい
6章 しびれ・痛みを診る;感覚障害・疼痛
1 感覚障害の問診
2 感覚障害患者の診察
3 体性感覚性の機能解剖
4 脳卒中による感覚障害の実際
7章 話せない・理解できないを診る;失語・失行・失認
1 初療室や外来での評価
2 病棟での評価
3 失語類型別の脳卒中症例
4 失行・失認の分類と症例提示
8章 歩きにくい、立ち上がりにくい、転びやすいを診る;歩行障害・平衡障害・転倒
1 歩行障害の機序と病態
2 脳卒中による歩行障害
3 血管性パーキンソニズム
4 脳小血管病と高次脳歩行障害
5 Binswanger病と特発性正常圧水頭症による歩行障害
9章 喋りにくい・むせる・食べにくいを診る;構音・嚥下障害、表情筋麻痺
1 球麻痺、偽性球麻痺
2 顔面神経麻痺・表情筋麻痺
3 構音障害
4 嚥下障害
10章 急な物忘れ・意欲自発性の低下を診る;急性発症健忘・無為、血管性認知症
1 脳血管障害による急性発症健忘症候群
2 視床関連病変による急性発症健忘症候群
3 海馬関連病変その他による急性発症健忘症候群
4 血管性認知症
5 皮質下血管性認知症、Binswanger病
6 孤発性の脳アミロイド血管症関連認知障害
7 CADASIL、CARASIL、HDLS(CSF1R関連白質脳症)、Fabry病、その他の血管性認知症