医療現場の共感力
「共感できない」「自分ではできているつもりでも実際の診療に繋がらない」「共感できない患者に出会ったときにどうしたらいいのかわからない」と悩む先生へ
内容紹介
近年、医学領域では科学や技術面での発展があり、多くの医師(医療者)はその習得のため多くの時間を費やしている。それらの発展は患者にとっても大きな利益をもたらすものであるが、同時に、医学における非人間的部分を拡張させるものでもある。
医師(医療者)は多くの患者が心配や不安を抱えていることを忘れてはならない。その患者の不安を軽減し、信頼のもと理想的な医師(医療者)―患者関係を築くためにも、「共感」と「思いやり」が重要である。
本書では広く論文や書籍をレビューし、医療における共感とはどんな機能/概念かを示した。また、共感現象の理解に大きく寄与する脳科学研究の成果を紹介した。共感の原点は実際の臨床場面にあり、その場で医師(医療者)―患者間で取り交わされた相互作用とそれがもたらす結果について、糖尿病、がん、認知症、腎臓病を持つ人との関わりを通じて提示した。実際の会話や非言語的やり取り、および経過は、それを直接経験しない読み手にも訴えてくるものがある。最後にその測定法について医師側と患者側からの評価尺度を紹介した。
序文
本書は、医療場面における「共感」という現象について広く、深く解説し、その実態と効果(本書では「共感力」と表現)を明らかにすることを意図して制作されたものである。その内容を概観すると以下のようになる。
1)共感の意味(行為の内容)、定義、機能、効果に関する広範囲かつ詳細な解説、その脳科学的基礎
2)臨床場面における医師(医療者)―患者間の共感の実相と臨床効果。糖尿病、がん、認知症、腎臓病の診断と治療についての症例提示と解説
3)共感の測定法(測定尺度)
つまり、理論→実臨床→測定法という展開になっている。「共感」をテーマとする論文や書物は多数出版されているが、「医療における共感」の実態と機能に関する書物としては画期的な内容であると編者は感じている。
医療の場面において、医師(医療者)―患者間の良好なコミュニケーションが、多面的に多くの健康アウトカム(結果)によい影響を及ぼすことが報告されている。医師(医療者)の言葉や存在が適切に働けば、病む人がその患いとともに過ごすことの力となる。病む人の気持ち、苦悩やニーズを感じ、理解し、適切に対応していくことが、病む人に変化をもたらすが、その基本となる行為が共感である。
したがって、共感やその前提となる傾聴については、重要性が医療現場、医学教育の場で唱えられているし、あまたの論文や書物がある。しかしながらその行為あるいは現象の内容を深く追求することなく、言葉だけが安易に使用され、それさえ唱えればいい医療の証明になるという風潮がある。一方で、科学としての医学の圧倒的な発展のもとで、重要性の割には共感に基づく医療が行われていないという指摘もある。
それでは、医療における共感とは何か?どのような事象、能力あるいは行為を共感とよぶのかが問題であるが、これについては多くの議論や主張があり一定していない。共感という言葉(概念)が示す実態が明確でなければ、何が健康アウトカムによい効果をもたらすのかもあいまいになる。
そこで、本書では広く論文や書籍をレビューし、医療における共感とはどんな機能/概念かを示した。また、共感現象の理解に大きく寄与する脳科学研究の成果を紹介した。共感の原点は実際の臨床場面にあり、その場で医師(医療者)―患者間で取り交わされた相互作用とそれがもたらす結果について、糖尿病、がん、認知症、腎臓病を持つ人との関わりを通じて提示した。実際の会話や非言語的やり取り、および経過は、それを直接経験しない読み手にも訴えてくるものがある。最後にその測定法について医師側と患者側からの評価尺度を紹介した。
お断りしておきたいことがある。もともと共感はempathyの訳語であり、欧米の概念を取り入れたものである。関連する学術語(英語)の日本語訳が統一されておらず、研究者や分野によって異なっている。そこで、本書では必要と思われる用語については英語・日本語を併記した。
また、共感(empathy)の定義やどの要素を重視するかについてはまだまだ議論が続いている。本書においても筆者によって少しずつ表現や力点が異なっていることを理解いただいた上で読み進めていただきたい。
それぞれの論文は力作であり、各筆者の共感に対する熱意の伝わるものであった。また、編集者の方にはとても読みやすい形に仕上げていただいた。編著者としてこころよりお礼申し上げる。
共感は医療において、病む人にとっても、医療者にとっても極めて重要な機能(能力-共感力)である。本書が医師を含む多くの医療人の目に留まり、共感の本質が理解され、臨床場面に応用されることを願ってやまない。
2023年1月
石井均
目次
第Ⅰ部 共感概念と医療
第1章 糖尿病医療の体験から得た共感の役割
1.糖尿病医療の難しさを感じ経験する
2.浮かび上がってきた糖尿病医療の課題
3.行動変化に関わるときの医療者の基本姿勢
4.臨床の場から―医療者の基本姿勢が変わると患者はどう変わるのか
- 1)提案した治療法に抵抗(拒否、ネガティブな姿勢)を示す場合
- 2)相手の考えや感情、生活(史)を知ることで問題が自然に解けてくることがある―共感
5.医療コミュニケーションの視点から
- 1)傾聴と共感:語ってもらうための条件―聴くということ
- 2)医療者―患者コミュニケーションはどう患者を癒すのか
第2章 共感の諸要素と知識
1.共感を構成する4要素(4機能)
- 1)代表的な総合的定義
- 2)共感を構成する4要素(4機能)の詳細
2.共感現象をより深く理解するための知識
- 1)自他の区別、個人的苦悩と共感的苦悩
- 2)Emotion regulation(感情・情動制御)
- 3)Flexibility;共感の状況依存性
- 4)共感とsympathy、compassionとの違い
- 5)共感が備えるべき本質的特性
- 6)共感の脳科学研究で明らかになったこと
第3章 他人の視点を学ぶ脳
1.序 コミュニケーションと共感性―ジョハリの窓と相互認識のモデル
2.外身体脳(外感覚および外側運動系)―ミラーシステムと言語と非言語
3.内身体脳(内感覚および内側運動系)―情動的共感と愛着
4.皮質下情動脳(扁桃体と基底核)―接近と回避、安全基地と探索の学習
5.記憶脳(海馬依存性と非依存性)―エピソード記憶と意味記憶と暗黙的記憶
6.注意脳(視線制御)―共同注意と指差しによる身体的対話
7.価値脳(眼窩前頭前野)―価値判断と自尊心
8.認知脳(外側前頭前野)―左右差による言語と非言語・共感性の乖離
9.社会脳(内側前頭前野)―認知的共感性
10.多様な共感性(empathyからcompassionへ)
第4章 医療における共感の実際と効果
1.医療場面における共感の実際
- 1)共感と相互反応的コミュニケーションモデル
- 2)共感サイクル
- 3)共感の双方向性
- 4)共感と受容のための支持的な聞き方
2.共感はなぜ有用なのか、および医療的効果
- 1)他者(対象者、患者)に起こる変化
- 2)共感の医療/医学的効果
3.共感のリスク・問題点と対策
第5章 糖尿病医療における医師(医療者)―患者関係〜見立てを軸とした共感〜
1.医学を出発点にしたアプローチ
2.患者の人間理解を出発点にしたアプローチ
- 1)存在beingと行為doingの次元による人間理解
- 2)糖尿病を持つ人の存在beingと行為doingの次元
- 3)生きる在り様を見立てる
3.どのように聴くのか
- 1)言葉になるのを共に待つ姿勢
- 2)言葉に留まる姿勢
- 3)物語の視点
- 4)こころのテーマを見立てる
4.医療者の在り方
5.医療者と治療者の「あいだ」
6.おわりに
第6章 今、医療で必要な共感とは何か
1.医師(医療者)―患者関係の在り方と共感の重要性の変遷
2.医療者に必要な共感要素に対する見解の違い
3.まとめ
第Ⅱ部 実臨床における共感はどのようなものか
第7章 糖尿病症例:認知症と糖尿病を持つ人のケアと共感
1.症例の概要
2.経過
3.考察
第8章 症例から考える腎不全を持つ人における共感の意味
1.症例
2.考察
3.おわりに
第9章 認知症ケアに役立つ共感
1.認知症ケアと共感
2.共感に伴う支援者の変化
3.共感と認知症ケア従事者の育成
4.おわりに
第10章 認知症の人とのよりよい人間関係の構築のために―パーソン・センタード・ケアの視点から
1.症例の概要
2.経過
3.考察
第11章 がん症例 末期患者が手に入れた自己
1.症例の概要
2.治療経過
3.まとめ
第12章 がん症例(急性骨髄性白血病)治療選択と共感
1.急性骨髄性白血病の治療方針と予後
2.症例
3.考察
4.最後に
第13章 がん治療(ケア)における共感とは
1.がんを持つ人の心理
2.カウンセリングと共感
3.共感と対等性
4.共感によってはぐくまれるもの
5.共感疲労
6.症例を通じて
7.まとめ
第Ⅲ部 共感の測定尺度
第14章 Jefferson Scale of Empathy(JSE)
1.共感(empathy)の定義と医学における位置づけ
2.共感を評価する指標:Jefferson Empathy Scale(JSE)
3.米国におけるJSEを用いた共感の評価
4.日本の医学生の共感に関する横断調査
5.医学教育においてどのように共感を涵養するか:医学生の共感に関する縦断調査
6.医師(医療従事者)と医療系学生の共感
7.共感と臨床アウトカム
8.おわりに
9.補遺:Jefferson Scale of Empathy の使用許諾ついて
第15章 CARE Measure
1.共感を測定する質問紙CARE Measure
- 1)開発の背景
- 2)共感の定義
- 3)日本語版CARE Measure
2.バリデーションの要約、およびこの質問紙を使った研究成果
- 1)注意点
- 2)連絡先
3.使用にあたっての注意点や連絡先
執筆者一覧
■編著者
石井均 奈良県立医科大学医師・患者関係学講座教授
■著者
赤井靖宏 奈良県立医科大学地域医療学講座教授
東光久 奈良県総合医療センター総合診療科部長
臼井玲華 公益財団法人京都保健会総合ケアステーションわかば訪問看護
片岡仁美 岡山大学病院ダイバーシティ推進センターセンター長・教授
北村世都 聖徳大学心理・福祉学部心理学科准教授
厚坊浩史 公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科主任公認心理師
清水研 公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長
髙橋徳幸 名古屋大学大学院医学系研究科地域医療教育学寄附講座特任助教
中田明子 公益財団法人京都保健会総合ケアステーションわかば訪問看護
水野裕 まつかげシニアホスピタル認知症疾患医療センターセンター長
虫明元 東北大学大学院医学系研究科生体システム生理学分野教授
森崎志麻 まつしま診療所臨床心理士
守田亮 秋田厚生医療センター呼吸器内科科長
トピックス
■2023-01-31
noteでの連載「編集後記」にて、本書に関する記事を公開いたしました。
「編集後記」とは、新刊・好評書を中心に、金芳堂 編集部が本の概要と見どころ、特長、裏話、制作秘話をご紹介する連載企画です。また、本書の一部をサンプルとして立ち読みいただけるようにアップしております。
著者と編集担当がタッグを組んで作り上げた、渾身の一冊です。この「編集後記」を読んで、少しでも身近に感じていただき、末永くご愛用いただければ嬉しいです。
医療現場の共感力|株式会社 金芳堂|note
https://note.com/kinpodo/n/nfab8b09afc1c