京大式 臨床倫理のトリセツ
倫理的問題について判断を迫られるとき、あなたはどうしていますか?
内容紹介
今日、日本の各地や関連学会で臨床倫理のセミナーが開催されるなど、臨床倫理についての関心は高まっていると考えられます。そうはいっても、医療の現場で起きる典型的な倫理的問題について、医療者が判断を迫られるとき、どのように問題を整理し、適切な形で行動をしたらいいのかはわかりづらいものです。本書では理論的な解説と具体的な事例を掲載し、臨床倫理学の実践的な入門書として最適な内容にしました。
序文
編者代表あとがき
最初に、本書の成立過程について記しておきたい。私(児玉)が2012年秋に京都大学に赴任してまもなく、京都大学附属病院の松村由美先生と知り合いになり、臨床倫理の事例について勉強会を始めた。その後、病院の臨床倫理の相談チームを立ち上げることになり、京都大学医学部の佐藤恵子先生や竹之内沙弥香先生もチームに加わった。
当時は、臨床倫理についてはその必要性が十分に認知されておらず、教育の機会も十分に提供されていなかった。そこで、本書に執筆されている先生方の協力も得て、2日間の臨床倫理学入門コースを2015年からほぼ毎年開催するようになり、時間の許すかぎりで応用コースも開催してきた。幸い、このコースは全般的に好評で、京大病院の職員だけでなく、全国の医療関係者やメディア関係者、またさまざまな学部の学生も参加して、学際的な学びの場を提供してきた。さらに、参加者からの意見に基づいて教育内容を洗練させ、入門・応用コースを発展させてきた。
こうした臨床倫理のコースを何度か実施する中で、コースの内容を基にしたテキストを作成することでより多くの人々に学びの機会を提供できるのではないかと考え、本書が生まれることになった。
本書は上で述べた京大病院での臨床倫理の取り組みの経験や、臨床倫理のコースの経験に基づいて作成されたものである。その内容は、倫理学や法学などの理論に基づきながらも、四原則や四分割法、あるいは判例やガイドラインを学んで終わりというものではなく、臨床倫理コンサルタントとして実践的な助言を出すために、当事者の心情や病院の実状を踏まえた問題解決の道筋まで考えることを強調する実践的なものである。本書が「京大式」と謳っているのは、このような理論と実践の双方を重視する態度を指していると言える。
本書の企画が立ち上がったのは2018年秋頃だったが、一つには編集代表としての私の怠慢で、また一つには2020年に起きた新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、執筆と編集作業が大幅に遅れてしまった。この点、関係各位に深くお詫び申し上げる。しかし、時間がかかった分、より充実した内容にすることができたのではないかと考える。読者の皆さんのご意見やご批判を請う次第である。
最後に謝辞を述べてから筆を擱きたい。金芳堂の浅井健一郎氏には本書の企画の段階で、また、I氏(ご本人の希望により名前は伏せる)には編集作業の段階で、大いにお世話になった。深く感謝申し上げる。また、本書の執筆者には入っていないが、臨床倫理のコース運営に長く関わってきた方々にも感謝の意を表したい。とりわけ、2015年から2022年まで臨床倫理の法的側面について講義を担当するだけでなく、写真撮影や会場運営まで細やかに対応してくださった服部高宏先生(京都大学大学院法学研究科)には、執筆者一同、記して謝意を表したい。
2023年2月
編者代表 児玉聡
目次
各章の始まりと終わりにある話し合いについて(佐藤恵子)
第1章 京大の臨床倫理コンサルテーション(松村由美)
1 倫理コンサルテーションとは
2 なぜ医療現場に倫理が必要か
3 京大病院での倫理コンサルテーション体制
4 倫理コンサルテーションの手順
5 倫理コンサルテーションのポリシー
6 臨床倫理と医療安全
7 臨床倫理マネジメントシステム
8 世界医師会(World Medical Association:WMA)医の倫理マニュアル
第2章 倫理学の基礎(児玉聡)
はじめに
1 倫理学とは
2 倫理的推論とは
3 基礎的な倫理理論
まとめ
第3章 医療倫理の四原則と四分割法(児玉聡)
はじめに
1 医療倫理の四原則
2 決疑論とケアの倫理
まとめ
第4章 インフォームド・コンセントの法理(荻野琴、児玉聡)
はじめに
1 医療におけるインフォームド・コンセント
2 難治性疾患の告知について
まとめ
第5章 意思決定支援と看護師の役割(竹之内沙弥香)
はじめに
1 医療の進歩と時代に伴う意思決定の目的の変化
2 意思決定支援にまつわる基本的事項
3 意思決定と日本の文化
4 意思決定支援が求められるとき
5 代理意思決定
6 意思決定支援のプロセスと看護師の役割
まとめ
第6章 インフォームド・コンセントの実際―患者の自己決定を促すために何をどう話したらよいか(佐藤恵子、鈴木美香)
はじめに
1 事例:腹部大動脈瘤が見つかり、人工血管置換術を受けた亜紀子さんの物語
2 読みやすくわかりやすい文書を書くために
まとめ
第7章 国内外の臨床倫理コンサルテーション(長尾式子)
1 臨床倫理コンサルテーションの発展
2 倫理コンサルの実践
3 倫理コンサルの活動と形式
4 倫理コンサルタントの中立性
5 倫理コンサルタントの専門的能力
6 倫理コンサル実践のアプローチ方法
おわりに
第8章 治療中止の倫理:医療者の立場から(門岡康弘)
はじめに
1 過去の事例から学ぶ
2 終末期医療に関する意思決定プロセスの指針
3 重要な概念と原理
まとめ
第9章 延命治療の中止:判例とガイドライン(荻野琴、児玉聡)
はじめに
1 判例から見る延命治療の中止
2 関連するガイドラインについて
まとめ
第10章 事前指示とアドバンス・ケア・プランニング(竹之内沙弥香)
はじめに
1 重篤な疾患を持つ患者のACP
2 「重篤な疾患を持つ患者さんとの話し合いの手引き」
3 日本におけるACPの今後の課題
まとめ
第11章 倫理コンサルテーションの実際 ―新生児の生命維持治療の継続の是非(佐藤恵子、鈴木美香)
はじめに ―重症の肺疾患をもって生まれた春男ちゃんの生命維持治療を継続するか否かで医療者・家族での意見が割れる
1 生田春男ちゃんの物語
2 問題をどう考えたらよいか
まとめ
第12章 臨床倫理コンサルテーションのこれから(佐藤恵子、鈴木美香)
1 倫理コンサルは何をするのか、どのような人や組織が必要か
2 どのような制度が必要か:倫理コンサルが有効に機能するために必要なもの―業務の手順、使命や価値観、ガイダンスなどを用意する
3 コンサルタントにもとめられるスキルや資質
4 自己決定を支援するとは
5 ステークホルダーの苦しみを把握する
あとがき
索引
執筆者一覧
■編集代表
児玉聡 京都大学大学院文学研究科思想文化学専攻倫理学専修 教授
■編者(五十音順)
佐藤恵子 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 特任准教授
竹之内沙弥香 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 准教授
松村由美 京都大学医学部附属病院医療安全管理部 教授
■執筆者(五十音順)
荻野琴 京都大学大学院文学研究科思想文化学専攻倫理学専修 修了/現三菱UFJリサーチ&コンサルティング政策研究事業本部共生・社会政策部 研究員
門岡康弘 熊本大学大学院生命科学研究部生命倫理学講座 教授
児玉聡 京都大学大学院文学研究科思想文化学専攻倫理学専修 教授
佐藤恵子 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野 特任准教授
鈴木美香 京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門 特定研究員
竹之内沙弥香 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 准教授
長尾式子 北里大学看護学部臨床看護学領域 教授
松村由美 京都大学医学部附属病院医療安全管理部 教授
トピックス
■追加事例データ■
第11章「臨床倫理コンサルテーションの実際」の追加の事例については下記よりダウンロードいただけます。
【事例1】大動脈置換術を受け、出血の合併症のために機能不全となった亜紀子さん
https://www.kinpodo-pub.co.jp/bk1949-2_1/
【事例2】進行期のがんの夏美さんに、科学的根拠の薄い治療をやってほしいという父
https://www.kinpodo-pub.co.jp/bk1949-2_2/
【事例3】糖尿病性腎症で人工透析を受けている立山冬華さん、終末期ではないが、シャントがだめになった時点で透析はやめたいと言う
https://www.kinpodo-pub.co.jp/bk1949-2_3/