脳腫瘍治療学
-腫瘍自然史と治療成績の分析から- 第2版
著 | 松谷雅生 |
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埼玉医科大学名誉教授 |
- 【 冊子在庫 】
★2024年12月上旬 発売予定!★
WHO脳腫瘍病理分類第5版(2021)に対応!2020年以降の文献500以上、総文献2600以上に及ぶ、脳腫瘍治療の究極のレファレンス・ブック、待望の改訂!
内容紹介
■2024年12月1日(日)~3日(火)に開催される「第42回日本脳腫瘍学会学術集会」(グランドメルキュール伊勢志摩リゾート&スパ)にて先行発売予定!
我が国のNeuro-oncology黎明期から脳腫瘍治療に携わってきた著者が、国内外の膨大な量の文献を渉猟し、脳腫瘍の自然史から治療目標・方法・成績を精緻に記述。どのように治療目標(戦略)を立て、治療方法(戦術)を考えるか。脳腫瘍と戦うための1冊です。
2021年に5年ぶりに改訂されたWHO脳腫瘍病理分類に対応し、大きく項目立てを変更。改訂にあたり、800以上の新規文献(2020年以降は500以上)を採用し、記述を更新しました。また、有害事象、リハビリテーションについての項目も設けました。
補足資料
本書の補足資料として、下記PDFをダウンロードいただけます。ご利用くださいませ。
序文
第2版の序
2024年のノーベル平和賞が日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)に授けられた。我々日本人すべてにとって、また全世界の平和を願う方々にとって素晴らしい慶事である。この喜びの中で、筆者は選考委員長が述べた受賞メッセージの中の以下のくだりに興味をひかれた。
「いつの日か、被爆者は歴史の証人ではなくなるでしょう。しかし、記憶を留めるという強い文化と継続的な取り組みにより、日本の若い世代は被爆者の経験とメッセージを継承しています」。
脳腫瘍治療に目を向けると、おそらくここ数年で、全国の脳腫瘍治療施設から膠芽腫や髄芽腫を術後放射線治療単独で治療した経験のある指導医が引退される。放射線治療は間違いなく有効であるが、その一方で長期生存者への認知機能低下への悪影響や二次発癌のリスクもまた避けられないことでもあった。化学療法と放射線治療機器の進歩により、放射線照射領域の縮小、線量の減少、あるいは放射線治療そのものの回避へ進んだのは必然であった。しかしgerminoma(⇒411頁)やWNT髄芽腫(⇒324頁)への放射線治療回避の臨床試験は時期尚早の結果となっている。
治療方法の進歩は、腫瘍の自然史、すなわち無治療や手術摘出後の腫瘍増大病態、放射線治療±化学療法での敗戦記録の分析なくしては得られない。全ての疾病の治療の進歩はこの過程を経てきている。
余りにも長いglioblastoma治療史を俯瞰するのは困難ではあるが、1978年の放射線治療±BCNUの第3相比較試験において放射線治療の有効性(MS8.3月)が確認され、その27年後(2005年)に放射線治療+テモゾロミド治療(Stupp regimen)が初めて放射線治療を凌駕する成績(MS14.6月vs12.1月)を示し、さらにその10年後(2015年)にTTF治療がStupp regimenを上回る成績(条件付きの症例だがMS23.4月vs20.4月)を報告した。2019年には、MGMTプロモーターメチル化症例に限定したとはいえ、Stupp regimenにCCNUを併用した試験治療が対象群(Stupp regimen)より優れたMS(47月vs30月)を報告している(69頁)。一方で、この約40年間の間には、広範囲に浸潤している可能性の高い膠芽腫に対し全脳照射から局所照射への大きな決断、すなわち、治癒獲得を断念し少しでも長い生存期間獲得への大きな方針変更を行っている(1980年)。
悪性リンパ腫治療では、全脳照射(MS1.5年)からHD-MTXの寛解導入療法(MS3年)を経て、その間の精力的な治験により有効性が確認されたrituximab、HD-MTXに併用するprocarbazineとvincristine、さらには大量cytarabineを地固め療法とするR-MPV-A療法が、MS7年前後を獲得するに至っている(⇒513頁)。
胚細胞腫治療においても、1959年から1990年までの胚細胞腫剖検報告58論文(33編が日本発)を土台とした我が国の臨床試験では、高度悪性群の5年生存率27%が10年生存率61%に改善し、さらに進化しつつある(⇒407頁)。
腫瘍発生に関わる病理学の分野でも同様である。1940年に発表されたドイツの病理学者Schererの論文(125大脳半球gliomaの剖検報告)は、初診時がastrocytomaであっても腫瘍死の段階でglioblastoma(secondary glioblastoma)に悪性転化しうることを示唆した。切り口は異なるが、所(1959)、Zülch(1965)、Russell(1971)も同趣旨の記述を行っている(⇒27頁)。これらの詳細な形態学的な分析が積み重なり、50年余を経て、Kleihuesら(1997)のp53mutation等の有無によるgenetic classification of astrocytomaとして分子病理学への道が開かれた。
このように悪性脳腫瘍の研究と治療は、長い年月をかけてその折々の標準治療成績を反省しつつ次のステップに続く作業を行ってきている。困難にぶつかったときに頼りになるのは腫瘍の真の生態である。治療医は常に敗戦の記録を記憶の引き出しの一つに保管し、必要なときはいつでも取り出せる状況を作っておかねばならない。腫瘍の自然史を学ぶ最良の教科書は、先人達が残した膨大な剖検記録であった。それらの中で、現在の“分子生物学時代”でも色あせず活き活きとしている5書籍と1論文を下記に記す。
・Scherer HJ:Cerebral astrocytomas and their derivatives.Am J Cancer 40:159-198、1940
・所安夫:脳腫瘍.医学書院 昭和34年
・Zülch KJ:Brain tumors. Their biology and pathology. 2nd ed.Springer Pub.Co.Inc.1965
・Russell DS & Rubinstein LJ: Pathology of tumours of the nervous system. 3rd ed. Edward Arnold PubLTD 1971
・Zülch KJ: Atlas of Neurosurgical Pathology. Springer-Verlag.1975
・Okazaki H & Scheithauer B: Atlas of Neuropathology. Gower Medical Publishing 1988
(なお、ここに掲載しましたこれらの書と文献を本文中で引用の際には、文献欄に提示していない場合があります。お許しを願いたい。)
2016年衝撃的な報告があった(Wangら、Nat Genet、2016)。膠芽腫細胞のゲノム解析の結果、我々が臨床的に捕捉し得る大きさの膠芽腫では、すでに何代にもわたるevolution(細胞進化)が生じていることが判明した。数学的に分析すると、最初の膠芽腫細胞が発生するのは12年前にさかのぼるとの報告である。我々が相手にしてきたのは、“newly diagnosed”と信じたポット出の“ならず者”ではなく、何代もの世代交代をしながら、その都度抵抗勢力との抗争をくぐり抜けてきた“筋金入りのならず者”であった。放射線治療単独や2~3剤の化学療法薬の併用程度では歯が立たなかったのは当然である。
この視点で目を転じると、膠芽腫細胞ほど分裂速度の速くない低悪性度膠腫、さらには髄膜腫や下垂体前葉腫瘍などは、20年あるいは30年にわたり脳機能にじわじわと障害を与えてきた慢性疾患であるとの考えに至り、二つのことに合点がいく。
筆者の現職のリハビリテーション分野では、大きさがほぼ同じの脳出血(あるいは脳梗塞)と髄膜腫患者を比較すると、前者の方がリハビリテーション効果は高い。脳卒中は発症時の衝撃は大きいが、病巣周囲の脳は本来は健康な状態であるために回復レベルは高い。一方の髄膜腫では少なくとも10年以上にわたる腫瘍による圧迫のため、周囲脳の可塑(かそ)性が低いためであろう。
二つ目は良性脳腫瘍長期生存者のperformance status(PS)あるいはHR-QOLが必ずしも高くないことである。髄膜腫の10年生存率は85%以上であるが、手術後のcognitive functionは術後時間の経過と共に低下する(⇒588頁)。またGH産生下垂体腫瘍(⇒673頁)やCushing病(⇒690頁)の長期寛解者のHR-QOLは、社会生活に順応できるレベルを下回っている。良性脳腫瘍の生存率は診断と治療の進歩により向上の一途にあるが、その同じ割合で社会生活への円滑な復帰も達成しなければならない。
これらの問題を討議するために、昨年(2023年)日本脳腫瘍学会の支援のもとに、脳腫瘍支持療法研究会が発足した。脳腫瘍治療医のみならず他分野(リハビリテーション、緩和医療など)の医師、看護師、リハビリテーションセラピスト、医療福祉士など多職種の参加を得て本年7月には第2回研究会を終えている。今後の発展を祈るとともに、すべての脳腫瘍治療医がこの課題に関心を持って下さることをお願いしたい。
本書は、2021年に出版されたWHO脳腫瘍分類第5版で提示された腫瘍分類に沿って編集した。第5版では、各腫瘍の想定される母細胞への分化を指標とする従来の組織発生分類を継承しつつ、そこに至る細胞分化のメカニズムを解明する網羅的遺伝子発現解析やDNAメチル化プロファイリング(分析)などの研究成果を加えて構成されている。いくつかの腫瘍においては、治療強度を下げられる可能性が生まれている。逆に、現在の治療法では、これ以上の治療成績向上の期待は薄いとの冷酷な現実をつきつけられた腫瘍も少なくない。また、新たに分子病理学的知見に沿って提唱された腫瘍分類と現在進行形の治療分類が合致していない腫瘍が少なくない。主たる腫瘍では、髄芽腫、悪性リンパ腫、下垂体前葉腫瘍、などであり、各章での腫瘍分類解説と治療成績分析において100%の整合性がとれていない。これらの事情を勘案し、本書に記載した情報を理解して頂くようにお願いする。
このたび改訂第2版を上梓できたのは、脳腫瘍治療学の師である故佐野圭司東京大学名誉教授、故高倉公朋東京大学名誉教授(2019年逝去)、故永井政勝獨協医科大学名誉教授(2020年逝去)、故星野孝夫カリフォルニア大学・杏林大学教授、故瀬戸輝一帝京大学教授(病理学)のご指導の賜物です。謹んで深く感謝いたしております。
この間に、我が国の脳腫瘍治療学の発展に多大の貢献をして下さった米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校のCharles Wilson教授が2018年に、スイス・チューリッヒ大学のPaul Kleihues教授が2022年に逝去されました。故Wilson教授は日本脳腫瘍学会の発足時より本会の発展を願って下さり、本会がアジア脳腫瘍学会の中心的存在となることを強く望んでおられました。故Kleihues教授は師のZülch教授の遺志を引き継ぎ、WHOの脳腫瘍分類に大きな貢献を残されております。お若い頃は筆者が一時期在籍したドイツケルン市のマックスプランク脳研究所の研究室長であられ、親日家で多くの日本人研究者を育てて下さいました。お二人のご冥福を祈り、ご指導に深く感謝しております。
そして、常に新しい刺激を与えて下さる全国の脳腫瘍治療の同士・戦友の方々に心より感謝申し上げます。
本書はすでに一般脳神経外科学、神経学、放射線診断・治療学、神経病理学等の知識を一通り習得された方々を対象としていますので、神経症状は要約のみを記し、診断画像および病理組織像の写真は省略し記述のみにとどめました。身勝手な本書の役割を知って頂ければ幸いです。
稿を終えるにあたり、あまりにも膨大な資料を新知見に融合させる作業に途方にくれる筆者を叱咤激励・応援して下さった株式会社金芳堂黒澤健様、市井輝和様に深謝いたします。また、長年にわたり資料収集、整理、執筆補助をして頂いた吉永ルリ子様、畑野舞様、林和子様、相川久美子様、厚地孝子様に感謝いたします。
2024年11月8日
松谷雅生
目次
第1章 総論・脳腫瘍WHO 2021年分類・全国脳腫瘍集計調査報告
第2章 Glioma、adult-type and pediatric type 成人型膠腫および小児型膠腫
第3章 Glioneuronal and neuronal tumors グリア神経細胞性腫瘍および神経細胞性腫瘍
第4章 Ependymoma 上衣腫
第5章 Choroid plexus tumor 脈絡叢乳腫瘍
第6章 Embryonal tumor 胎児性脳腫瘍
第7章 Pineal tumors 松果体腫瘍
第8章 Germ cell tumours of the CNS 胚細胞腫
第9章 Genetic tumor syndromes of the nervous system 遺伝性(家族性)腫瘍症候群
第10章 Hematolymphoid tumors involving CNS リンパ造血器組織由来腫瘍
第11章 Meningioma 髄膜腫
第12章 Mesenchymal、non-meningothelial tumors involving the CNS 髄膜腫以外の間葉系腫瘍
第13章 Tumors involving the pituitary gland 下垂体前葉腫瘍と後葉腫瘍
第14章 Craniopharyngioma 頭蓋咽頭腫
第15章 Cranial and paraspinal nerve tumors 脳神経および傍脊髄神経腫瘍
第16章 その他の腫瘍(WHO2021分類に記載されていない腫瘍性疾患)
第17章 放射線治療の合併症(有害事象)
第18章 脳腫瘍支持療法としてのリハビリテーション