脊髄性筋萎縮症診療マニュアル
編集 | SMA診療マニュアル編集委員会 |
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診断に役立つ疾患の基礎から最新の治療研究まで網羅。
内容紹介
脊髄性筋萎縮症(SMA:spinal muscular atrophy)は、脊髄の運動神経細胞(脊髄前角細胞)の病変によって起こる神経原性の筋萎縮症である。筋萎縮性側索硬化症(ALS)と同じ運動ニューロン病の範疇に入る。男女差はなく、発症期によりI型(乳児期発症)、Ⅱ型(幼児期発症)、Ⅲ型(小児期発症)、 Ⅳ型(成人期発症)がある。すべての型で筋力低下と筋萎縮を示し、深部腱反射の減弱・消失がみられ、ゆっくり進行する。現在のところ根本治療はまだ確立されていない。
平成21年10月1日からSMAは国の特定疾患となり、確定診断を求められることが医療現場で多くなってきている。小児では筋緊張低下を示す疾患の代表であり、成人ではALSとされている例が脊髄性筋萎縮症である場合もある。欧米では筋ジストロフィーに次いで重要な疾患とされているのに、日本では診療・研究ともまだまだ後進国であり、診断がスムーズになされないために医療不信に陥る患者家族が多く、医師に対しても認識を広めていく必要性がある。
上記の目的のため、他科の医師を含め、小児神経医、整形外科医、機能訓練士(リハビリテーション関連者)にも本疾患の正確な情報、病状を提供する診療マニュアル。最新の治療研究・開発の内容も盛り込んだ。
他方、SMA患者やその家族などの側にも、本疾患のことを知り、どのような診療科にかかればよいのかを判断する情報を知りたいというニーズがある。SMAのみを対象とした類書が国内ではほとんどないため、そうした需要も考慮して、本文中に用語解説を入れるなど専門家でなくとも理解しやすいよう配慮した。
序文
脊髄性筋萎縮症(SMA)の特徴のひとつは、生後すぐの新生児から高齢者まで、幅広い年齢の患者さんがいることです。共通して、運動機能の障害と筋緊張低下を示しますが、その程度はさまざまです。Ⅰ型からⅣ型に分類されていて、Ⅰ型はnever sit(坐らない)、Ⅱ型はnever stand(立たない)、Ⅲ型はstand and walkalone(立ったり歩いたりできる)、Ⅳ型はadult onset(成人発症)です。初めて診断される医療機関が新生児室、小児科、神経内科と各科にまたがっており、診断後に外科、整形外科、リハビリテーション科、口腔外科(歯科)なども受診することがあります。2009 年から原因遺伝子のひとつであるSMN 遺伝子検査が保険収載され、筋生検によらずに確定診断がなされるようになってきていることから、遺伝子検査と遺伝カウンセリングを希望して遺伝子医療の専門施設に受診する方も増えてきています。
このような幅広い年齢層の患者さんを診療する医療施設が、高いレベルで診療できること、また根本治療を目指す研究の発展について、本人、家族、医療関係者が情報を共有することを目的として、日本のSMA の診療・研究の第一線にいるプロフェッショナルの皆様とSMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会の皆様に、分担執筆をお願いしました。
SMA の歴史を紐解くと、1891 年(日本では明治24 年に相当します)、1894 年にオーストリアのグラーツの神経科医師であるWerdnig が症例を報告し、病理解剖において脊髄の運動神経と三叉神経核、顔面神経核の萎縮を見い出し、神経原性であることを提唱したのがSMA の疾患概念の最初です。一方、1893 年にHoffmannによる剖検例も含んだ報告で、乳児期に発症、急速に進行し、脊髄前角細胞、脳神経核の変性と脱落を示す疾患として小児のSMA が位置づけられました。彼らの名前を冠して、SMA のうち最も重症なタイプ(Ⅰ型)をWerdnig-Hoffmann 病と呼んでいます。しかし、彼らの報告した症例は、実は現在の分類から判断するとⅡ型に相当しています。1897 年のHoffmann の論文ではⅡ型の可愛らしい聡明そうな女性の患者さんの4 歳4 か月から5 歳10 か月までの写真が載っています。彼女の、脊柱の側弯が進行し、笑顔のない悲しい表情に胸を打たれます。それから約120 年を経過して、今、皆さんは笑顔を見せてくれています。
SMA をもちつつ人生を前向きに、エネルギッシュに生きていく素晴らしい人々に接し、専門職として、何とかしてSMA を治したい、進行を止めたいと熱望します。欧米からも、たびたび明るい治療研究の情報が届いています。皆がSMA を理解して、患者さん・家族の方たちが人生を楽しみ、最善の治療を受けることができるように、執筆者一同、努力を続けて参ります。その願いを込めて、春の訪れとともに、このたび「脊髄性筋萎縮症診療マニュアル」を発刊致します。
本書は厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)「脊髄性筋萎縮症の臨床実態の分析、遺伝子解析、治療法開発の研究」の研究者を中心としたSMAの専門職の皆様、SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会の東良弘人会長と会員の皆様のご尽力により発刊することができました。短い時間に無理を申しあげましたが、快く執筆をしてくださいました分担執筆者の皆様、夜遅くまで企画、構成、デザイン、連絡などなど、細部にわたって貢献して下さいました梅野愛子様、我儘をお聞き下さりながら京都弁ではんなりと対応をしてくださいました金芳堂の三島民子様、鳥羽匠様に心からの感謝を申し上げます。
平成24年3月31日
厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)
「脊髄性筋萎縮症の臨床実態の分析、遺伝子解析、治療法開発の研究」研究代表者
東京女子医科大学附属遺伝子医療センター所長・教授
齋藤加代子
目次
1 章 脊髄性筋萎縮症(SMA)とは(齋藤加代子)
SMA とは
発病のメカニズム:下位運動ニューロン病
SMA と遺伝子
診断の進歩
診断基準,認定基準
治療と予後
研究の進歩
2 章 小児期発症SMA(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ型)の臨床症状と診断(小牧宏文)
小児期発症SMA(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ型)はどのような違いがあるのですか
小児期発症SMA(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ型)の患者さんはどのような症状をもっていますか
どのようにして診断がなされるのですか
小児期発症SMA(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ型)と似た症状の疾患には何があるのですか
3 章 成人発症SMA(Ⅳ型)の臨床症状と診断(益子貴史・森田光哉・中野今治)
成人発症SMA(Ⅳ型)はどのような人がなるのでしょうか
小児期発症SMA(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ型)と成人発症SMA(Ⅳ型)の違いは何ですか
成人発症SMA(Ⅳ型)の患者さんはどのような症状をもっていますか
診察では何がわかりますか
どのようにして診断がなされるのですか
成人発症SMA(Ⅳ型)と似た症状の疾患には何があるのですか
4 章 病理
4-1 神経病理(林 雅晴)
脳の構造
運動神経
下位運動ニューロンの障害
下位運動ニューロン以外の病変
視床の病変
SMN タンパク質の低下との関係
4-2 筋病理(宍倉啓子)
筋病理の基本
Ⅰ型,Ⅱ型の筋病理
Ⅲ型の筋病理
5 章 遺伝子疾患としてのSMA
5-1 小児期発症SMA の原因と病態は何ですか(西尾久英)
SMN1 遺伝子とSMN タンパク質
SMN タンパク質と低分子量リボ核タンパク質合成
SMN タンパク質と運動ニューロン回路形成
まとめ
5-2 成人発症SMA の原因と病態は何ですか(森田光哉)
成人発症SMA の分類上の位置づけについて
成人発症SMA の原因と病態の解明に向けて
5-3 遺伝子検査はどのようなことをするのですか(齋藤加代子・相楽有規子)
SMA と診断された人の皆がSMN 遺伝子検査により診断されるのではありません
6 章 SMA と診断されたとき―遺伝カウンセリングを含む心理社会的支援について―(浦野真理)
病名を告知されたとき
遺伝カウンセリングを受ける
社会とつながりをもつ
SMA と診断された兄弟姉妹とともに
SMA とともに
7 章 SMA の合併症(齊藤利雄)
7-1 呼吸不全
SMA 患者さんの呼吸障害の病態
呼吸の評価とモニタ
呼吸機能評価とリハビリテーション
咳介助・排痰処置
人工呼吸療法
7-2 栄養管理の問題
食事摂取障害・嚥下障害
摂食様態の特徴
食事摂取障害・嚥下障害の心理的課題
食事摂取障害・嚥下障害の評価
食事摂取障害・嚥下障害のマネジメント
胃瘻
消化管機能障害
消化管機能障害の評価
胃食道逆流のマネジメント
発育障害,低栄養・過剰栄養の問題
7-3 整形外科的問題
評価・検査
対 策
脊柱変形の問題
8 章 SMA の呼吸ケア(石川悠加・三浦利彦・竹内伸太郎)
SMA の呼吸の特徴
慢性の呼吸ケア・マネジメント
非侵襲的陽圧換気療法
NPPV の機器
NPPV の導入
急性呼吸ケア・マネジメント
挿管への移行
SMA Ⅰ型の非侵襲的呼吸ケア
気管切開人工呼吸
9 章 リハビリテーション
9-1 運動機能の評価法(Hammersmith 運動機能評価スケール)(荒川玲子)
Hammersmith 運動機能評価スケールについて
運動機能評価を行うということ
9-2 リハビリテーションの立場からみたSMA(猪飼哲夫)
病型と症状
筋力低下
関節拘縮・変形
脊柱側弯変形
呼吸・摂食障害
認知・知的機能は正常
立位・歩行障害
9-3 SMA のリハビリテーション(機能訓練)(安達みちる)
機能訓練のポイント
筋力低下・関節拘縮に対して
側弯に対して
無気肺・呼吸への対応
9-4 日常生活動作と補装具
―車椅子・装具・コミュニケーション機器など―(長谷川三希子)
SMA の日常生活動作(ADL: activities of daily living)について
車椅子と坐位保持装置
装具について
パソコン・コミュニケーション機器
10 章 手術療法
10-1 食べられない,飲みこめない―胃瘻(世川 修)
胃瘻造設の適応
胃瘻造設前の検査
胃瘻造設の実際
胃瘻造設後の問題点
10-2 胃食道逆流―噴門形成術(世川 修)
噴門形成術の適応
噴門形成術の実際
噴門形成術後の諸問題
10-3 側弯―脊柱変形矯正手術
(高相晶士・齋藤 亘・上野正喜・中澤俊之・井村貴之)
脊柱変形の治療方法
手術方法
筆者らの経験
筆者らの経験の結果
考察と今後の展望
10-4 気管切開および気管喉頭分離術(松尾真理)
手術方法
合併症
日常管理
11 章 生活・福祉支援,QOL の向上(富川由美子)
公費負担制度
社会保障・福祉制度
在宅サポート
12 章 SMA の新しい治療法の開発研究
12-1 薬物治療の研究の進歩(西尾久英)
薬物治療の位置づけ
薬物による運動ニューロン治療の二大戦略
SMN2 遺伝子のスプライシング異常
運動ニューロン内のSMN タンパク質の発現増加を目指す治療戦略
ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤
バルプロ酸の臨床応用
運動ニューロン保護を目指す治療戦略
治験体制構築の必要性
12-2 ロボットスーツHAL の開発研究の進歩(中島 孝)
ロボットスーツHAL とは何か
HAL の構造と動作メカニズム
HAL をSMA 治療に使う
技術的な研究と将来
有効性と安全性評価―HAL の治験
倫理哲学的な考察
12-3 ウイルスベクターを用いた治療研究の展開―SMA に対する遺伝子治療の可能性とその展望(野本明男・荒川正行)
SMA における遺伝子治療研究の現状
ウイルスベクター
将来への展望
12-4 再生医療の進歩―iPS 細胞の可能性(荒川正行)
SMA-iPS 細胞の確立と再生医療研究の進歩
SMA 再生医療に向けて
将来への展望
13 章 SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会とともに
母親から Ⅰ型
父親から Ⅱ型
本人 Ⅲ型
本人 Ⅳ型
SMA 家族の会からのメッセージ
14 章 SMA の専門医療機関・ホームページ(伊藤万由里・梅野愛子)
SMA の専門医療機関・施設リスト
SMA に関するホームページ
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