エキスパートが疑問に答える ワクチン診療入門
感染症専門でなくても知っておきたいワクチン臨床の基本
内容紹介
新型コロナウイルス感染症・インフルエンザなどの流行で、感染症やワクチンに対する関心が高まっています。近年、ワクチン開発は進んでおり、以前、小児科向け領域だったワクチンは、現在、小児用のみならず成人用のワクチンも導入され、乳幼児期から青少年期、成人・老年期というライフサイクルの中でワクチンを活用すべきだと考えられるようになりました。そのため、ワクチンの基本的知識は、一部の専門家のみならず、医療に関わる全ての者が持っておくことが望ましい時代になってきています。
本書は、感染症を予防するワクチンの臨床医学的な側面を中心に、初学者向けに簡潔にまとめた入門書です。基本的な制度などワクチンを扱う上で欠かせない社会的な背景やワクチン接種の臨床に関わる実務、そして、20種以上の感染性疾患を予防する各種ワクチンについて解説しました。また、各テーマでは、臨床上よくある代表的な疑問点を設定し、根拠となる制度や論文の出典を示しつつ解説をしています。知っておくべき重要な制度やエビデンスもわかり、ワクチン臨床の最前線をざっと見渡せるような内容です。
本書を読んだ後は、ワクチンの利点・欠点をバランスよく捉え、医学的なことばかりでなく、社会的・歴史的な背景も踏まえた上で、ワクチン臨床ができるようになります。医師やレジデント、そして、看護師、薬剤師にも、ワクチンの世界への入り口として、役立つ1冊です。
序文
・本書の構成
麻しんや風しんに代表されるワクチンで予防可能な感染症(Vaccine Prebentable Diseases: VPDs)は、昨今もしばしば流行を繰り返している。本書は、これらVPDsに使用するワクチンの臨床医学的な側面を中心に、初学者向けに簡潔にまとめた入門書である。本書の特徴は、知っておくべき重要な制度や臨床医学論文のエビデンスをピックアップし、ワクチン臨床の最前線をざっと見渡せるよう組み立てたことにある。想定読者層は、医学や薬学・看護の学生、研修医や看護師、薬剤師、感染症を専門としない臨床医などだ。
読みやすさを考慮し、1つのテーマあたり原則4ページ程度の分量とした。前半約2ページで表題の概略を記し、後半約2ページで臨床上よくある代表的な疑問点を設定、それに対し根拠となる制度や論文の出典を示しつつ解説を加える形式だ。全体では3部構成である。第1章では、基本的な制度や反ワクチン運動など、ワクチンを扱う上で欠かせない社会的な背景知識を「ワクチン総論」として解説した。第2章では、「ワクチン接種の実際と渡航外来」と題し、ワクチン接種の臨床に関わる実務やグローバル化でますます重要になる渡航外来などについて概説した。第3章では、個別のVPDsをそれぞれ取り上げた。また、興味を引くコラムも所々に配置した。感染症予防ワクチンの臨床を多面的に捉えるために、共同執筆者には現場に従事する臨床医や公衆衛生専門家はもちろんのこと、法律家や文化人類学者、企業経験者などを招き、多様性のある内容に仕上がったと自負している。
・出版の背景
本書の執筆は、長年にわたる現場での実地診療と、それに立脚した学術論文発表の経験が契機となっている。編著者らが勤務するナビタスクリニックは、川崎と新宿、立川各駅の駅ナカで主にプライマリーケアを提供している。その一貫でワクチンの接種、特に留学や就労などでの海外渡航者を対象にした医療相談も重点的に行っている。本書では、10年以上携わってきた現場でのワクチン診療の実務経験を存分に生かすよう心がけた。加えて、編著者らのグループでは学術的な活動も積極的に行っている。現場経験をもとにした知見を利用し、アメリカのClinical Infectious Diseases、イギリスのthe LancetやNatureなどの国際的な学術専門誌で、これまで10報以上のワクチン関連のオピニオンや研究論文の発表を続けてきた。そのような学術的な背景をもとに、エビデンスに基づいた科学的な記載になるよう努めた。
・今なぜ、ワクチンを学ぶのか?
20世紀後半までは、ワクチンは主に小児科の領分だった。破傷風やポリオなど、乳幼児で特に問題となる疾患に対しワクチンが開発され、小児科医の先達がその普及に尽力してきたのは周知のとおりである。しかし、20世紀末から21世紀初めにかけて、次々に新規ワクチンが開発され、小児用のみならず成人用のワクチンも導入され始めた。その種類は今後も増える見込みだ。すなわち現代では、乳幼児期から青少年期、成人・老年期というライフサイクルの中でワクチンを活用すべき、という風に捉え直されるようになったのだ(表1)。
表1 ライフサイクルを通して提供される代表的なワクチン
ライフサイクルの時期 | 推奨されるワクチンの例 |
---|---|
乳幼児期 | BCG、ポリオ 、B型肝炎、破傷風、ジフテリア、百日咳、麻しん、風しん、水痘、おたふくなど |
学童・青少年期 | インフルエンザ、百日咳、ヒトパピローマウイルス、破傷風など |
成人期 | インフルエンザ、ヒトパピローマウイルス、百日咳、破傷風、麻しん、風しんなど |
妊娠中 | インフルエンザ、百日咳、破傷風 |
高齢者 | インフルエンザ、百日咳、破傷風、肺炎球菌、帯状疱疹など |
※Piot P, et al. Immunization: vital progress, unfinished agenda. Nature. 2019; 575: 119-129.引用改変
このようにワクチンの基本的知識は、一部の専門家のみならず、医療に関わる者全てが持っておくことが望ましい時代に入ったと言っても過言ではない。また、医療者としてのみならず、子供の親として、また年老いた家族や自分自身の問題としても、ワクチンに向き合えるとなお良いだろう。
ところが、以前より改善しつつあるとはいえ、ワクチンを取り巻く日本の環境は、世界的な水準と比べるといまだ遅れている状況にある。ワクチンラグやヒトパピローマウイルスワクチンの接種勧奨差し控え、麻しんや風しん、おたふくかぜの流行、妊娠中やがん治療前後の追加接種など数々の問題が山積みだ。その解決のために、本書が少しでも貢献できることを願っている。
2020年3月
編著者
谷本哲也・蓮沼翔子・濱木珠恵・久住英二
目次
第1章 ワクチン総論
a.予防接種制度の概要
b.日本の予防接種行政の課題
c.予防接種法の歴史
d.ワクチンの開発と承認審査、国家検定
e.ワクチンの作用機序と含有成分
f.ワクチンの有害事象と副反応
g.ワクチンによる健康被害救済制度
h.医師からみた反ワクチン運動
i.非医療者からみた反ワクチン運動
j.非専門家が抱えるワクチンに関する懸念への対応:文化人類学の視点から
k.ワクチンとPersonal Health Records(PHR)
第2章 ワクチン接種の実際と渡航外来
a.成人の予防接種スケジュール
b.小児の予防接種スケジュール
c.妊娠前・妊娠中のワクチン
d.がん・免疫不全など特殊疾患におけるワクチン接種
e.ワクチン接種方法の実際
f.接種オペレーションの実際
g.ワクチンの集団接種、企業対応、メディア報道
h.アレルギー患者への接種、副反応とその対応
i.グローバルヘルスとワクチン
j.渡航外来総論
k.クリニックにおける渡航外来の実際
l.総合病院における渡航外来の実際
m.渡航外来と米国のワクチン事情
第3章 疾患別各論
a.破傷風
b.百日咳・ジフテリア
c.日本脳炎
d.狂犬病
e.ポリオ
f.結核
g.A型肝炎
h.B型肝炎
i.インフルエンザ菌b型(Hib)感染症
j.肺炎球菌感染症
k.髄膜炎菌感染症
l.麻しん・風しん・おたふくかぜ(MMR)
m.水痘・帯状疱疹
n.ロタウイルス感染症
o.ヒトパピローマウイルス(HPV)感染症
p.インフルエンザ
q.黄熱
r.腸チフス
おわりに
主要参考文献・ウェブサイト
渡航外来におけるワクチン接種スケジュール表の例
INDEX
執筆者一覧(五十音順)
Column
天然痘のワクチンの歴史
世界でのワクチン開発の歴史年表
がんワクチン
感染症による就業制限
海外渡航歴のある患者へのアプローチ
ワクチンの個人輸入
海外で既承認のその他のワクチン
VPDsを扱ったフィクション・ノンフィクション
VPDsの国内アウトブレイク
執筆者一覧
石金正裕 国立国際医療研究センター/国際感染症センター/総合感染症科/AMR臨床リファレンスセンター医員
磯野真穂 国際医療福祉大学大学院准教授
大磯義一郎 浜松医科大学法学教授
大島久美 ときわ会常磐病院血液内科
大西睦子 星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部研究員
上昌広 医療ガバナンス研究所理事長
北村直幸 株式会社エムネス代表取締役/放射線診断専門医
久住英二 医療法人社団鉄医会理事長
月花瑶子 杉山産婦人科生殖医療科医師
坂元晴香 東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室特任研究員
高橋謙造 帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授
谷本哲也 ナビタスクリニック内科医師
津田健司 合同会社ケンワーク代表社員
登地敬 株式会社エムネス
ナカイサヤカ 空とぶアルマジロ商店英語部
蓮沼翔子 レクタス株式会社学術担当
濱木珠恵 ナビタスクリニック新宿院長
藤谷好弘 札幌医科大学医学部感染制御・臨床検査医学講座病院助教