もっと病理写真が好きになる いちから知る病理写真撮影のお作法
病理写真撮影が好きになる! 病理写真に伝わる情報を写し込むための基本的お作法徹底解説。
内容紹介
本書では、基本的な病理写真撮影の技術(テクニック・ハウツー)は当然ながら、美しい病理写真を撮り情報を効果的に伝えるために、写真撮影を行うすべての医療者が知っておくべきお作法(=向き合い方・心得)を解説します。
第1章では、プレゼンテーション技法、スライド作成の変遷などに焦点を当て、病理示説の基礎知識を解説します。第2章では、肉眼写真撮影に関して、構図やライティングなどの基本技術とともにカメラ撮影の基礎知識まで詳しく紹介し、質感の描写や背景色の選択など、見せたい情報を的確に表現する方法について解説します。第3章では、組織写真撮影に焦点を当て、美しいミクロ写真撮影に必要な基礎知識・作法を解説します。
長年、病理診断・病理写真撮影に携わってきた著者による病理写真撮影の「お作法」を是非本書で学び、病理写真撮影作法を身につけましょう。
序文
撮影枚数では報道写真家や警視庁鑑識科員には到底およびませんが、業務上、わたしたち病理医も頻繁に写真を撮影しています。くる日もくる日も切除検体と睨めっこしながら、シャッターボタンを押している方も少なくないでしょう。また、プレゼンテーションの準備、論文やケースレポートの執筆、学生講義資料や試験問題の作成の際にも写真を撮影します。このように写真撮影は、わたしたちの日常生活の中にすっかり浸透し、定着しています。
科学技術の驚異的な進歩により、写真撮影は、いまだかつてないほどに日常的な行為と化しました。すなわち、一昔前のようなプロの写真家だけが享受することができる「芸術的」な行為ではなく、シャッターボタンを押せば、誰にでも簡単に撮れる「単純」な行為となりました。
いま、わたしたちは一億総デジタル化時代の真っただ中にいます。デジタルカメラの機能は多彩であり、常に進化し続けています。アナログカメラ全盛期に比べて、撮影に要する時間と労力は格段に軽減されました。そして35mmフィルム保管場所の確保に困窮していた病理部門にとって、フィルムレス時代の到来は、福音そのものでした。このような背景からデジタルカメラは病理領域にも急速に普及し、その優れた利便性は病理医のアナログカメラ離れをいっそう加速させました。
アナログカメラ世代の病理医にとって、病理写真撮影の作法というものは診断能力を錬磨しながらじっくりと体得すべきものでした。一方、一億総デジタル化時代に育った若手病理医は、あらゆる場面で時短・スピード感を求めているからか、じっくりと病理写真撮影の作法を学べる機会にあまり恵まれていないような気がします。だとすれば、それは少し残念です。
最近、病変を説明するためのベストショットとは言い難い病理写真を掲載した臨床系雑誌に遭遇することがあります。執筆者は作法などお構いなしで撮影したのでしょうか。また、そのような写真に対しても厳格であるはずの査読者は何も言わないのでしょうか。
病理写真撮影の本来の目的は、「写真の中に病理所見を写し込む」ことです。その一点に尽きます。ですからデジタルか、アナログかは本質的な問題ではありません。病理写真を撮るという行為の本質は昔もいまも何ら変わっていません。わたしたちは、このことを再認識する必要があります。
今日、一般写真撮影技術に関する解説書ならば、巷に溢れかえっています。しかし、病理写真撮影に関する基本的作法を根元から掘り起こし、素朴な疑問にも答えうる手引き集と呼べるものは残念ながら見当たりません。いまから15年以上も前に、雑誌「病理と臨床」編集室(当時の担当者・清水俊哉氏)から病理写真撮影の基本についての連載依頼を受けました。二つ返事で承諾し、いざ書き上げてみると、やたらと生意気な文言ばかりが目立つ内容となってしまいました。が、読者の方々から建設的なご意見を頂く機会に恵まれました。なかでも多かったのは連載内容の単行本化の要望でした。これは意外でした。
このような経緯もあって、このたび、趣旨はそのままに、本文を大幅に組みなおし、掲載写真を大胆に差し替えて単行本化する運びとなりました。連載以来、かなりの月日が経ちましたが、各章の構成および内容にメリハリをつけ、忘れてはならない基本的な作法をかなり濃密に記述しました。
読者の皆様には病理写真撮影の根元にある「変わらない法則」を、少しでも理解・共有して欲しいと願っています。まず、お好きなところから拾い読みしてください。各章で扱うテーマは横一列に整然と並ぶものではなく、かなり重複しています。また、静謐な、しかし、ときに過激な内容のコラムも用意し、そこにも幾つかのメッセージを添えました。この本が、未来を担う若手の病理医、日々苦楽を共にしている病理技師、そして病理診断学に興味をもつ専攻医や大学院生の方々にとって、病理写真撮影作法の良き案内役になることを願っています。
令和5年12月15日
二村聡
目次
はじめに
用語解説
献辞
第1章 病理示説の基礎知識
01 「伝える」ための心得
Ⅰ 病理医に求められる「伝える能力」
Ⅱ 「わかりやすい」とはどういうことか
Ⅲ 病理医が臨床医に提供する情報―文字情報と視覚情報―
Ⅳ 成功の鍵
Ⅴ キチンと切り出し、キチンと撮影する
Ⅵ 「わかりにくい」示説とは
Ⅶ 示説者に求められるモラル
02 プレゼンテーションの工夫【総論】
Ⅰ 聴かせるプレゼンテーション
Ⅱ 35mmスライドからパワーポイントへ
Ⅲ パワーポイントを使用する際の留意点
Ⅳ 色に関する基礎知識
03 プレゼンテーションの工夫【剖検編】
Ⅰ 剖検示説再考
Ⅱ 剖検示説―呈示方法の変遷―
Ⅲ パワーポイント・プレゼンテーションによる剖検示説
Ⅳ スライドの枚数を減らす―足し算ではなく引き算を―
Ⅴ 剖検示説に用いる肉眼写真
Ⅵ 剖検示説に用いる組織写真
04 プレゼンテーションの工夫【外科病理編】
Ⅰ 外科病理示説再考
Ⅱ スライドの枚数を減らす―何を捨てて、何を選ぶか―
Ⅲ ドキュメント作成の基本
Ⅳ 配色の実際
Ⅴ 写真配置の実際
第2章 肉眼写真撮影の基礎知識
01 肉眼写真の撮影過程【総論】
Ⅰ 所見を捉え、撮影し、見直す“Plan-Do-Review”
Ⅱ 肉眼所見を正確に捉える“Plan”
Ⅲ 迫真性のある肉眼写真を撮る“Do”
Ⅳ 撮影した写真を見直す“Review”
Ⅴ おさらい
02 構図の基礎と応用
Ⅰ いまさら構図、いまこそ構図
Ⅱ 構図決定とフレーミング
Ⅲ 見せたいものを真ん中に―日の丸(中央一点)構図―
Ⅳ 絶対的安定感を漂わせる―三分割構図―
Ⅴ あえて構図三悪を利用する―四分割構図―
Ⅵ 構図に正解と完成型はあるのか
Ⅶ 構図のおさらい
03 ライティングの基礎と応用
Ⅰ ライティングの目的
Ⅱ ライティングの基礎知識
Ⅲ ライティングの実際
Ⅳ ライティングのおさらい
04 質感を描写する
Ⅰ 質感描写の意味
Ⅱ 質感描写のおさらい
05 たかがスケール、されどスケール
Ⅰ スケールを用いる理由
Ⅱ スケールが満たすべきいくつかの要件
Ⅲ スケールの種類とその選択
Ⅳ スケールの配置場所
Ⅴ 症例番号シールの添付とその目的
Ⅵ スケールの汚れはこまめに取り除く
Ⅶ スケールのおさらい
06 背景板の色を選ぶ
Ⅰ 背景色再考
Ⅱ 被写体を引き立てる背景色とその選択
Ⅲ 背景板の汚れはこまめに取り除く
Ⅳ 背景色のおさらい
07 ピントを合わせる
Ⅰ ピントとは何か
Ⅱ ピント合わせ総論:キーワードは被写界深度
Ⅲ ピント合わせ各論:立体感や奥行き感を出す
Ⅳ ピント合わせのおさらい
08 側面像を撮る
Ⅰ 側面像を撮る理由
Ⅱ 側面像の撮りかた
Ⅲ 側面像撮影のおさらい
09 カメラの基本操作の再整理
Ⅰ 今なぜ用語の再整理なのか
Ⅱ カメラの基本操作
Ⅲ シャッター速度
Ⅳ 絞り
Ⅴ 露出
Ⅵ カメラの基本操作のおさらい
10 失敗写真をもう一度
Ⅰ いまさら失敗写真、いまこそ失敗写真
Ⅱ 失敗写真とは何か
Ⅲ まず、基本をおさえる
Ⅳ うまく撮れない場合の原因と対策
Ⅴ 「よいマクロ写真」とは
第3章 組織写真撮影の基礎知識
01 組織写真の撮影過程【総論】
Ⅰ 所見を捉え、撮影し、見直す
Ⅱ よいお手本となるような組織写真を撮る
Ⅲ 撮影した組織写真を見直す
Ⅳ おさらい
02 顕微鏡の取り扱い
Ⅰ 顕微鏡の設置場所
Ⅱ 顕微鏡の主要操作部の名称
Ⅲ 組織写真撮影前にすべきこと
Ⅳ 組織写真のフレーミング
Ⅴ おさらい
03 構図の基礎と応用
Ⅰ 構図決定の三要素
Ⅱ 標準的な構図
Ⅲ おさらい
04 何をどのように見せたいのか
Ⅰ 何をどのように見せたいのかを決める
Ⅱ 理想的な写真とは何か
Ⅲ 適正な倍率を決める
Ⅳ コンデンサーを使う
Ⅴ おさらい
05 ピントを合わせる
Ⅰ ブレの原因
Ⅱ どこにピントを合わせるのか
Ⅲ 最終のピント合わせはモニター画面上で行う
Ⅳ 低倍率視野でのピント合わせは難しい
Ⅴ おさらい
06 失敗写真をもう一度
Ⅰ 使い物にならない写真
Ⅱ 惜しい写真
Ⅲ 結局のところ、よい写真とは何か
コラム
01 個人情報への配慮
02 現場百回の真意
03 「これがいい」と「これでいい」
04 余白に意味をもたせる
05 病理医の美意識
06 構図とメダカ
07 その写真は病理医なり
08 格好つけることは、すごく格好悪い
09 病理医とスケール
10 黒ハ古キココロ也
11 ピント合わせは誰のため?
12 点と線から面へ
13 基本に返る
14 「ほどほど」の写真
15 未完成という名の完成
おわりに Epilogue
索引