子どもの生活機能の発達とからだの仕組み
-看護形態機能学の視点から-
小児看護における看護形態機能学とは!
内容紹介
近年、「看護形態機能学」という考えが生まれ、生理学・解剖学を器官系統別で教えるのではなく、患者さんの日常生活行動に即した形で教えることが増えてきています。ただ、小児の生理学・解剖学に関しては、小児看護学の一部で教えられる程度で、教科書でも「小児看護学」で少し紹介するにとどまっています。病児が普通に学校に通うなど、子どもを取り巻く環境は大きく変わり、看護師になって初めて病児と接する場面も増え、また、以前とは異なった形で関わることが多くなってきました。そのため看護教育において、「看護師は生活を援助する係」という観点から、小児の生理学・解剖学に関しても教えるようになり、また「看護形態機能学」を取り入れて教育する学校が増えてきています。しかし成書には、小児の看護形態機能学の書籍はない状態です。そこで、小児の生理学・解剖学を、小児看護学の一部で終わらせるのではなく、看護形態機能学の観点に沿って、わかりやすく伝えました。
序文
十数年前、私は数ヵ月入院しました。
二度もICUに入る厳しい体験でしたが、心のこもった素晴らしい看護のお陰でPTSDを発症せずに済みました。その時、私の看護計画を拝見する機会があり、看護師の使う言語が看護診断の枠組みに規制され、患者になった私は人である「松尾ひとみ」ではなく、割り当てられた「問題点」としての存在になることを実感しました。
「問題点」と私の看護してほしいことにはズレがあり、私は問題解決思考のみでは患者にフィットした看護になりにくいと愕然としました。しかも、長年、私はこれを教育してきたのです。
そして、退院後に菱沼典子先生の『看護形態機能学』に出合いました。
『看護形態機能学』は子どもの生活を把握する上でのポイントが簡潔に整理されており、問題解決思考の「病気」を中心としたマイナス「点」に対し、専門家が一方的に子どもを分析するのではなく、生活者としての子どもの生活能力の成り立ちについて、子どもや保護者に確認しながら把握することが可能になります。
そこで、本書は「生活者としての子ども」を前面に出し、子どもが生活に必要な機能をどのようにして獲得していくかについて、『看護形態機能学』を使って整理しました。
まだまだ荒削りの感はありますが、この本は「生活者としての子ども」のセルフケアを支援するための根拠となる知識基盤を、下記のように整理しました。
①小児の器官系統系における解剖・生理学の切り口ではなく、『看護形態機能学』を参考に子どもの生活機能の切り口から、生活行動の基盤となる身体機能の成熟過程を整理した。
②乳児期、幼児期、などの段階で区切らず、生活機能の切り口ごとに生活機能獲得の過程をとらえるため、身体機能の成熟過程と子どもの行動化の関係性を整理した。
③臨界期について触れた。
④早産児の生活機能の獲得の特徴について触れた。
生活機能の獲得過程は、年齢が来れば全ての生活機能が同時に完成するわけではなく、できること、できないことが入り乱れ、その子独自の進み方をします。
乳児期・幼児期・学童期……という区分けしてとらえる思考は、一般的な発達段階の特徴を理解することに向いています。しかし、それだけだと個々の子どもの生活機能獲得の連続した流れを把握する思考が、分断される危険性があります。
援助する上で必要なことは、「その子」個別の生活機能獲得がどこまで準備でき、どのように育ってきているのか、病気や治療があればどう影響しているのか、どう関われば生活行動を促進できるか、という問いに基づく思考です。また、子どもが行動化する前には、わかっているけど上手にできない時期があります。見た目にはできなくとも、能力がないわけではありません。できそうでできない時期の支援こそ重要です。
さらに、子どもは大人になる過程を歩んでいる存在なので、子どもの将来を見越したケアも重要です。特に、早産児の援助をする上で、援助者に臨界期の知識がないと子どもが生活能力を獲得するタイミングを失ってしまいます。
本書は看護職のみならず、子どもと関わる多くの方に活用していただけることを願い、子どもを大切に思う仲間の協力を得て完成しました。
この本を活用し、従来のオレム看護論の考え方と組み合わせた子どもの生活能力の把握と支援の方向性を検討する方法を例にとって説明します。
下の図に示す左の円柱の外枠は、その子どもの年齢水準や目安の生活能力を示し、これには、健康段階(体調など)と成長・発達(本書の生活項目ごとの内容)の2つがあります。右のピンクで塗りつぶした円柱は、個別の子どもの生活能力の実際です。
この考え方で教育した結果、私は実習生から多様な看護の提案をされるようになりました。
一例ですが、痰の吸引を嫌がる幼児期後期頃の子どもに対し、実習生からネブライザー後にすぐ吸引せず、子どもに自分で痰喀出を試みる機会が欲しいと提案されました。
病院の指導者の許可を得て、実習生は子どもと熱心に痰の出し方を相談していました。本番の時、懸命に咳で痰を出そうとする子どもと横について励ます実習生に、指導者から「今まで即座に吸引し、子どもへの痰の出し方の指導法って、小児看護の教科書にもなかったし、考えてこなかったですね。なぜでしょう」と言葉をもらいました。
大人になると忘れていますが、獲得した後は簡単なことに思えても、獲得するまでは多大な努力の蓄積があったはずです。大人が子どもの立場から物事をとらえ直すのは容易なことではありませんが、子どもと目線を合わせ教えてもらおうとすると見えてくることのように思います。
本書を企画するに当たり、『看護形態機能学』を土台にすることをお許しいただいた菱沼先生に感謝いたします。先生の器官系統系から脱する発想のお陰で、生活者として子どもをとらえ直すことにチャレンジできました。先生の『看護形態機能学』にはまだまだ及びませんが、子どもの身体機能について学び直し、多くの「目から鱗が落ちる」体験をいたしました。
先生の寛大なご配慮がなければ、この本は完成しませんでした。
分担執筆者の先生方には、執筆内容を検討する際、健康な子どもや病気をもつ子どもだけではなく、災害や戦地の子どもたちへの生活の援助に本書が貢献できないかという話題も出て、先生方の子どもへの温かい眼差しに感動しました。たくさんの業務に加え、タイトなスケジュールで大変だったと存じます。先生方のお力添えに感謝いたします。
また、金芳堂の皆様には折々に励まし、伴走していただきましたこと、大変心強かったです。
本当にありがとうございました。
松尾ひとみ
目次
執筆者一覧
序
1章 動く
はじめに
①運動機能の発達と神経系の発達
②運動機能の発達と起こりやすい事故の関係性
おわりに
2章 食べる
はじめに
①嚥下
②咀嚼
③食行動
④食欲
⑤消化と吸収
⑥何をどれだけ食べるか
おわりに
3章 息をする
はじめに
①息を吸う・吐く
②気道浄化機能が未熟
③ガス交換
④息をする機能のコントロールが未熟
おわりに
4章 トイレに行く
はじめに
①排せつのメカニズム
②排せつ機能の発達と排せつの自立
③健康な子どもの排せつ
④便の性状のアセスメント
⑤トイレトレーニング
⑥小児期に起こりやすい排せつに関する健康問題
⑦小児医療の現場や家庭外で起こりやすい排せつに関する倫理的課題
おわりに
5章 視る・話す・聞く
はじめに
①視る機能の発達
②聞く機能の発達
③話す機能の発達
おわりに
6章 眠る
はじめに
①サーカディアンリズムの確立
②眠り
おわりに
7章 お風呂に入る
はじめに
①子どもの皮膚の構造と機能
②子どものスキンケアに関するセルフケアと支援
③子どもの衣生活
④免疫
おわりに
8章 子どもを生む
はじめに
①からだの成長
②性成熟
③性徴の出現
④思春期の月経随伴症状
おわりに
索引