第1走者:森井英一先生【病理医】
この連載は、2021年4月発売の
『Dr.ヤンデルの病理トレイル 「病理」と「病理医」と「病理の仕事」を徹底的に言語化してみました』(著:市原真)
について、病理医・臨床医の皆さまに読んでいただき、それぞれの視点から感想と、「病理」に関する考えを書評という形でまとめていただいたものです。
「病理トレイル 書評リレーマラソン」と題したこのマガジンを通じて、「病理」とは、「病理医」とは、「病理の仕事」とは何かを感じ取っていただけると幸いです。
■評者■
森井英一
大阪大学大学院医学系研究科病態病理学教授
■書評■『Dr.ヤンデルの病理トレイル』
年度が改まり、新専攻医にそろそろ病理診断を語ろうかとしていたまさにその日、本書を手に取った。20ページあまりに目を通し、思わず惹き込まれて一気に読み終えた。
読後感・・・「我が身が恥ずかしい」の一言である。
やたら「あれ」「それ」を頻発する年齢になり、しかも「ガーッと」や「バッと」など擬態語好きな大阪にいるためか、自ら発する言葉は意味不明で、その上、病理診断を完全に経験則で教える毎日である。
「ほら、雰囲気が違うでしょ」と若手病理医に教え、何となくの経験を言語化することから逃げていた。
本書は「無意識の言語化」がテーマである。
私自身が無意識のうちに感じていたことがきちんと言語化され、ハッとさせられる事柄や、そうそうと納得することが散りばめられている(また擬態語オンパレードだが)。
診断と治療が対比されることはよくあるが、「維持」という第三極の要素が加わり医療の三角形となること、そこに「医学」を加えて四面体になること、さらに「患者」を加えて六面体となることなど目から鱗である。
後半は筆者が日々診断する上で「無意識」に行っていることが言語化され読者の前に提示される。
医学生にも、病理の世界に足を踏み入れたばかりの人にも、そしてその世界でトレイルランニングしている人にもぜひ読んでもらいたい。同感同感と自らの無意識界を言語化してくれた筆者に膝を打って共感と快感を覚えることと思う。
■「あなたにとって病理・病理医・病理の仕事とは」
病理とは全体を俯瞰し、部分を拡大し、その裏に蠢く力学を妄想し仮説をたて立証していく仕事だと思う。
一つの標本を弱拡大で俯瞰し、何度も拡大をあげて隅々をみる。目の前に展開されている状態はあくまでも静止画で、この像の一瞬前、一瞬後の像を想像する。未来を予想しながら病変の仮説を立て、それを臨床側と共有して患者さんが果たしてどのような状況になるか不安を抱えつつ見守る。病理診断はそのような側面があると思う。
また、病態解明といった大上段な表現には抵抗があるが、病態解明を目指す病理研究も同様に目の前で繰り広げられる現象から妄想し仮説を立て、それが正しいかの立証を繰り返す作業だと考える。
大切なことは、自ら立てた仮説を反証によってすぐに作り替え、新たな仮説を打ち出していくことだろう。自然界には必ず一つの真実がある。そこにはすぐには辿り着けないが、少しずつ近づいていく姿勢こそが重要と思う。
■書誌情報■
『Dr.ヤンデルの病理トレイル 「病理」と「病理医」と「病理の仕事」を徹底的に言語化してみました』
著:市原真
札幌厚生病院病理診断科
定価 3,080円(本体 2,800円+税10%)
A5判・278頁 ISBN978-4-7653-1862-4
2021年04月 刊行