第1回 病棟診療の目的について

【更新日:2019.12.02】

森川暢(市立奈良病院)

内科病棟を見回すと、高齢者ばかりというのが今の日本の現状だと思います。高齢者診療では、内科医として、ただガイドライン通りに治療するというだけでは、立ちいかなくなっているように感じます。そんな現代の日本社会において、一歩上を目指すための総合内科流のエッセンスを皆様にお伝えしたいと思います。第1回は病棟診療の目的について。そもそも病棟診療は何を目的としているかを皆様と考えていきたいと思います。

病棟診療の目的は何でしょうか?それは病気を治すことです。「何を当たり前のことを…」と思うかもしれません。でも、よく考えてみると、その当たり前のことが意外に難しいのです。病気を治すことは、確かに病棟診療の目的です。実際に、病院には重厚な医療機器と豊富な人材が集中しているので、病院でしか出来ない医療は存在します。

例えば、心筋梗塞に対するPCIは病院でないと絶対に出来ない治療でしょう。そして、その効果は劇的です。また絞扼性イレウスに対する緊急手術もまた病院でないと出来ない医療で、同様にその効果は火を見るよりも明らかです。でも…、高齢化社会になり、このような分かりやすい症例は減ってきました。

今回、ご紹介する症例のように、心理社会的要因が複雑で、併存疾患も多い高齢者に相対するとき、我々医療従事者は改めて、病棟診療の目的について思いを馳せる必要があるのです。

症例(病棟の極意・実践前

もともと脳出血の既往歴があるが、ADLは自立し常食を食べていた高齢男性。日中は家族はおらず、独り暮らしで介護サービスは使用していなかった。今回、大腿骨頸部骨折で緊急入院となった。骨折を契機に寝たきりになり、さらにせん妄を発症したことで、抗精神病薬が使用された。その後、手術前に誤嚥性肺炎を発症した。誤嚥性肺炎は抗菌薬で治療したが、嚥下機能は著明に低下した。そして、大腿骨頸部骨折も誤嚥性肺炎も治療は終了したので、あとは退院するだけになり、家族に「治療は終了したのですぐに退院してください」と病状説明を行ったところ、「このような状態で家に帰れるわけがないだろう」と激怒された。

【極意】

病棟と日常生活のギャップを意識する

当たり前ですが、病棟とは患者さんの生活の場です。つまり、本来の主役は患者さんであり、医療従事者はそれをサポートする存在と言えます。ところが、生活の場であるはずの病院は、実は極めて非日常的な環境です。病院が非日常であることを、医療従事者はついつい忘れてしまいます。なぜなら、病院は医療従事者にとって日常的な職場であり、人生のほとんどの時間を過ごす場所だからです。

この当たり前のことは普段は意識しなくても問題ありません。例えば、40代で普段はバリバリ仕事している方が心筋梗塞で入院したとしても、合併症がなければ1週間程度ですぐに日常生活に復帰することが出来ます。ところが、今回の症例のような場合はそう簡単にはいきません。医療者にとっては、寝たきりの患者さんの姿が日常です。しかし、その姿は、入院前に慎ましく孫に囲まれながら過ごしていた本人の日常とは著しく異なるはずです。

ついつい、我々医療従事者は高齢者を診ることに慣れると、このような寝たきりの状態が当たり前だと思ってしまうのです。そして、治療した後は「やることがなくなる」と思い、思考停止になってしまいます。ここで重要になることは、「想像力」です。どのように日常生活を送っていたのかを目の前でイメージすることが出来るように問診を行います。難しければ、ADLだけでも必ず把握することを怠るべきではありません。

入院後、しばらしくして入院前のADLを確認すると、そのギャップに愕然とすることもあります。また、そのギャップは、せん妄のリスクにもつながります。高齢者にとって、病院は穏やかな日常とは異なる非日常でかつ恐ろしい場所です。そのような場所で、少し大声を上げ、そして抑制されれば、どうなるでしょうか?混乱して、さらに大声を上げたくなるのは仕方ないことではないでしょうか。

「何があっても抑制をするな」とまでは言いませんが、せん妄への非薬物療法とは、可能な限り日常生活に近い環境を、入院中であっても用意してあげるということに他なりません。尿道カテーテルは、我々医療従事者にとっては日常的なものであっても、それを挿入される患者さんにとっては非日常的で恐ろしい処置なのかもしれません。

② 真のゴールとは

病棟診療の真の目的はこうです。「入院前の日常生活により近い状態で退院することを目指す生活の場」と言えます。緩和ケア病棟であっても、最近は看取る場というよりも、集中的に緩和ケアを実施し日常に帰る場として、意識が変わりつつあります。生活の場であるので、可能な範囲で患者さんが行える日常生活の所作は維持すべきです。

最も象徴的なのはトイレです。全身状態が悪ければ尿道カテーテル挿入も仕方ありませんが、状態が改善すれば、可能な範囲でトイレに行くことが重要です。トイレに行くことで機能的ADLの維持も期待できますし、より日常生活に近い環境が維持出来るとも言えます。たまに、家族の写真を持ってこられる方も見かけますが、そのように自分が大切としている日用品を持ってくることも有用でしょう。

病気を治すことはもちろん重要で、それには正しい診断と治療が必要であり、内科医として十分な修練を積むことが必要であることは言うまでもありません。しかし、その目的は「患者さんが退院前に近い生活を行えるようにすること」というのは忘れるべきではないと思うのです。

入院日からゴール設定を意識する

入院時からゴール設定をすることが重要です。短期的には、もともといた自宅や介護施設にそのまま帰るのか、あるいは転院するのかということになります。ただし、今回の症例のように病状次第では、著名にADLが低下し、すぐに施設や家に帰ることが難しいと想定されます。施設にも種類があるので一概には言えませんが、施設には介護職員が揃っているので、ADLが落ちてもそのまま帰りやすいと言えるでしょう。

しかし、今回の症例のように自宅で特に介護サービスも使用していない場合には、家に帰るとしても数か月のスパンでリハビリを行い、さらに介護サービスを導入しないと難しいでしょう。そうすると急性期病院だけではそれらの目標を達成することは難しいので、地域包括ケア病棟や回復期リハビリテーション病棟に転院して、長期間のリハビリをしつつ介護サービスなどの社会調整を行わないと家には帰れないでしょう。

このようなゴール設定には、リハビリテーションや介護サービスに関する知識が必要であり、看護師、リハビリテーションセラピスト、メディカルソーシャルワーカーと密接に連携を取る必要があるのです。まさに、多職種カンファレンスの目的はこのようなゴール設定とそれに必要なプロセスを話し合うことであるため、医学的な今後の予想だけでなく、普段のADLと今のADLのギャップや社会サービスの状況について情報共有し、今後の方針を決定することが主眼になるのです。

そして、このようなゴール設定を入院したその日から意識する必要があるのです。病気が落ち着いてからでは遅いのです。入院時から意識することで、メディカルソーシャルワーカーに早めに声をかけるべきか、リハビリを早めに行うべきかなどの方針がはじめて決定できるのです。なお、このようなゴール設定を決めるうえで最も重要な要素は、本人と家族の意向です。例え難しくても、本人と家族が希望するなら自宅退院を出来る道を模索することがプロなのではないでしょうか。

■ 極意 ■
  • 病棟と日常生活のギャップを意識する必要があり、そのためには想像力が必要。
  • 入院前の日常生活により近い状態で退院することを目指す生活の場こそが、病棟のゴール設定である。
  • 入院日からゴール設定を意識することが重要であり、ゴール設定には多職種連携が極めて重要になる。
  • ゴールを設定するには、本人と家族の意向が何より重要である。

症例(病棟の極意・実践後

もともと脳出血の既往歴があるがADLは自立し常食を食べていた高齢男性。日中は家族はおらず、独り暮らしで介護サービスは使用してなかった。今回、大腿骨頸部骨折で緊急入院となった。骨折を契機に寝たきりになり、さらにせん妄を発症したことで、抗精神病薬が使用された。その後、手術前に誤嚥性肺炎を発症した。誤嚥性肺炎は抗菌薬で治療したが、嚥下機能は著明に低下した。まずは環境調整を行い可能な限り日常生活に近い状況にすることで、せん妄は改善し抗精神病薬を使用しなくても良くなった。ADLの低下が著明で嚥下機能も現状ではゼリーレベルだったため、自宅に帰るには少なくとも1~2か月以上のリハビリが必要であった。また、介護保険の導入も自宅に帰るには必要であった。誤嚥性肺炎の治療終了が見込める段階で、本人と家族と多職種を交えて面談を行い、「自宅に帰りたいが現状では難しい」という本人と家族の気持ちを確認出来た。よって、地域包括ケア病棟に転院し、リハビリと社会調整を行いつつ自宅退院を目指す方針を提示したところ、ご家族も納得された様子だった。

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■著者略歴

森川暢(市立奈良病院)

2010年  兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科

■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論

■著書
総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢

■現在連載中
総合診療』(医学書院)指導医はスマホ!? 誰でも使えるIT-based Medicine 講座
J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める