第3回 高齢者の入院後のマネジメントを意識した病歴聴取

【更新日:2019.12.26】

森川暢(市立奈良病院)

入院する患者さんの病歴聴取は何のためにするのでしょうか?もちろん、病歴聴取の目的は診断を付けることが第一になります。しかし、特に高齢者では入院後のマネジメントを円滑に進めるためにも、病歴聴取は重要です。そのためのヒントを皆様と共有します。

症例(病棟の極意・実践前

尿路感染症で自宅から入院した95歳女性。尿路感染症の治療は終了したが、入院後にせん妄を発症し、抗精神病薬を使用することで寝たきりになり、さらに入院後誤嚥性肺炎も併発したため、絶食となった。入院2週間後、家族に抗菌薬治療は終了したので退院は可能だと説明したところ、「こんな状態では帰れない」という訴えがあり、転院調整を開始した。その後、入院中に心肺停止状態となったが、心肺蘇生の甲斐なく、お亡くなりになった。家族からは、「もっと何かをしてあげられたのではないか」という発言があった。

【極意】

① 食事形態

第2回でお話した食事オーダーについてです。普段の食事形態、特に嚥下機能低下を確認することで嚥下食の適応を評価します。

② ADL

ADLを入院時に聴取することは、やはり重要です。特に、トイレ移動に関しては、重点的に聴取する必要があります。完全にオムツなのか、あるいは、車椅子でトイレに行ってトイレで排泄をしているのかによって、リハビリの目標が変わってきます。

完全に、寝たきりで拘縮しており、オムツ排泄であれば、リハビリは急ぐ必要はありません。一見、オムツ排泄のように見えても、日中だけはトイレに行っているというケースもあります。その場合、リハビリの開始が遅れることで、トイレ排泄が難しくなり、結果的に、自宅への退院が出来なくなるという事態に直面します。

③ 居住環境

まずは家が自宅なのか、施設なのかを、把握する必要があります。施設であっても、終の住処である有料老人ホームや特別養護老人ホームなのか、介護老人保健施設やショートステイのような一時的な施設なのかを、把握する必要があります。

前者のような終の住処では、多少ADLが低下しても、問題なく直接退院可能であることが多いです。一方で後者のような一時的な施設では、直接退院することが難しいことも多く、早めに、ソーシャルワーカーに転院調整も含めて相談することが必要になります。当然、退院先の決定には患者さん本人と家族の意向を確認する必要があります。

④ 介護保険/サービス

介護保険の有無も確認する必要があります。介護保険があれば、担当ケアマネージャーがいるということなので、必要に応じて連携を取ります。また、家族がどれくらい患者さんの介護が出来るかも、同時に把握する必要があります。

介護保険が全くない状態で、急激にADLが低下し、さらに、家族の介護も期待出来ない場合は、患者さんが退院して自宅に帰ることが難しくなります。介護保険の有無に関わらず、介護度やどのようなサービスを使用しているか、具体的に聴取する必要があります。

生活保護の患者さんであれば、生活保護の担当者と連携を取ることで、退院調整がスムーズにいくこともあります。

⑤ 認知症・せん妄リスク

認知症の有無は確認が必要です。具体的に、認知症の指摘がなかったとしても、家族に、記憶力の低下やコミュニケーション、服薬管理などを確認します。

認知症が疑われる場合は、せん妄予防を意識する必要があります。特に、せん妄の既往歴がある場合は、極めてリスクが高いと言えます。

リスクを回避するためには、「早期離床や昼夜逆転を防ぐこと」「夜間のルートを避けること」「不要なモニターやカテーテルを避けること」「せん妄を惹起する内服薬を避けること」などの取り組みが挙げられます。

⑥ キーパーソン

重要な決定をする場合に、誰に話したら良いか、キーパーソンを確認します。極めて重要な決定をする場合は、遠くにいる近しい親族(本人の子供など)がいるかどうかも確認します。

具体的に、家族図が書けると良いですね。看護サマリーも適宜参照します。キーパーソンが不在の場合、重要な決定をするときには、患者さん本人の意向を尊重しつつ、多職種でカンファレンスを行い、慎重に方針を決定する必要があります。

⑦ DNAR

心肺停止時に心肺蘇生を行うか、つまりDNARについて、確認します。これは、入院時に行わないと機会を逸してしまうので、必ず入院時に行います。

DNARは「取る」ものではないということは、覚えておいてください。老衰が進み、ADLが低下すればするほど、心肺蘇生をしても、いわゆる「延命治療」になり、しんどい思いをするだけになるかもしれないという一般論を伝え、そのうえで患者さん本人がどうしたいのかを確認します。家族に確認する場合も、あくまで、患者さん本人だったらどのように思うかという視点で、患者さんの価値観を「引き出す」ように努めます。

ただ、これは、入院時に無理やりに決める必要はないので、患者さんや家族が迷われる場合は考える時間が必要です。

■ 極意 ■
  • ADLや住居環境、介護保険やサービスを具体的に聴取し、リハビリ、ソーシャルワーカーへの介入依頼を円滑に行う。
  • 認知症やせん妄リスクを適切に判断し、せん妄予防策に繋げる。
  • 家族図を意識することで、治療方針を決定するためのキーパーソンを理解しておく。
  • DNARは、入院時に確認すべきだが、「取る」ものではなく「引き出す」ものである。無理に決める必要はない。

症例(病棟の極意・実践後

尿路感染症で自宅から入院した95歳女性。入院時に確認したところ、介護保険は要介護2であったが、患者さんの意思でサービスは使用していなかった。ここ数か月で、徐々にADLが低下し、寝たきりに近い状態となったが、トイレ歩行は可能であった。認知機能低下も認めていた。自宅で、長男夫婦と3人暮らしで長男夫婦が介護をしていたが、そろそろ限界になってきたので、介護保険の区分変更やサービスの導入を、ケアマネージャーと相談していたところだった。食事形態は、最近、刻み食に近いレベルになっていた。

自宅退院を希望されたため、ソーシャルワーカーに入院時から介入を依頼し、早期に、ソーシャルワーカーとケアマネージャーが連携を取り、区分変更の申請と訪問介護と訪問看護の調整を開始した。キーパーソンは同居の長男夫婦であり、他にキーパーソンとなる家族はいない状態であった。長男夫婦に確認したところ、「延命治療はやめてほしい」という患者さん本人の強い意向があったことが確認出来た。

家族で熟考されたうえで、入院3日目に、DNARの方針となった。せん妄のリスクが高いため、不要なカテーテル、モニター、夜間持続点滴は避けて、早期にリハビリを導入し、日中のトイレ排泄を目指した。また、嚥下機能低下も疑われたため、食事はミキサー食として、言語聴覚士も導入した。せん妄、および誤嚥性肺炎発症は予防出来たが、尿路感染に伴い、老衰および廃用が進行した。食事は、ほとんど取れない状態で、急変のリスクも説明したが、家族が自宅での看取りを希望されたため、訪問診療の導入を行い、退院する運びとなった。

しかし、退院直前に、心肺停止状態となっているところを発見された。DNARだったので、心肺蘇生はせず、看取りをした。家族からは、「家で看取れなかったのは残念だけど、出来ることはしてあげて良かった」という発言があった。

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■著者略歴

森川暢(市立奈良病院)

2010年  兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科

■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論

■著書
総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢

■現在連載中
総合診療』(医学書院)指導医はスマホ!? 誰でも使えるIT-based Medicine 講座
J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める