第5回 高齢者の入院後のマネジメントを意識したルーチン採血検査
森川暢(市立奈良病院)
ルーチン採血検査は非常に重要です。検査を出しっぱなしにせず、入院後のマネジメントに繋げる方法を考えていきます。
症例(病棟の極意・実践前)
86歳の女性が食欲不振で入院した。採血では脱水が示唆されたため、維持液を開始した。入院4日目に意識レベルが低下し、同日の採血では腎機能の悪化と低ナトリウム血症の悪化、高マグネシウム血症、高カルシウム血症、高カリウム血症を認めたため、腎臓内科にコンサルトし、透析を開始した。さらに貧血の悪化、黒色便も認めたため緊急内視鏡検査を行ったところ、胃潰瘍が見つかった。実は、女性は腰痛のためロキソプロフェンを長期内服し、さらにループ利尿剤、活性型ビタミンD、ARB、酸化マグネシウム、スピロノラクトンも内服していたことが判明した。
【極意】
① 血算
血算では、まずは白血球、ヘモグロビン、血小板、MCVに注目します。血算だけでも1冊の本になるほどなのでここでは詳細は避けますが、貧血と血小板低下の2つに遭遇する頻度が高いです。
✔ 貧血
急激な貧血の原因として、①出血、②希釈、③溶血を考えます。特に頻度と緊急性が高いのは、①の出血です。タール便や血便の有無、腹腔内出血の有無を確認する必要があります。②の希釈は輸液によるものなので、緊急性は乏しいですが、安易に希釈と考えることは避けます。③の溶血は、出会う頻度は少ないものの、①や②とは対応が全く変わってくるので常に頭に入れておく必要があります。具体的には、間接ビリルビン上昇、LDH上昇が、溶血を疑うきっかけになります。出血がないにも関わらず、網状赤血球が増加していることもあります。疑わしければ、ハプトグロビンの低下がないかを確認します。クームス試験が陽性ならば自己免疫性溶血性貧血を、破砕赤血球がみられるならばTTP(血栓性血小板減少性紫斑病)やHUS(溶血性尿毒症症候群)を念頭に置きます。
慢性的な貧血の原因検索はMCVで行います。明らかにMCVが低値ならば鉄欠乏を、MCVが高値ならばビタミンB12欠乏を、疑うきっかけとなります。ただ、高齢者であればビタミン欠乏と鉄欠乏が合併することもあるため、必ずしも、「MCVが正常だから鉄欠乏は否定的」とは言えません。フェリチン、ビタミンB12、葉酸は、高齢者であれば、ルーチンで検査しても良いでしょう。低栄養がある場合は、ビタミンB1、亜鉛、銅も貧血の原因として押さえておく必要があります。腎不全があれば、エリスロポエチンの検査を検討します。
✔ 血小板低下
血小板低下の原因と併せて、薬剤性の血球減少も常に念頭に置く必要があります。薬剤性の血球減少は機序によって原因となる薬剤が違いますが、まず頻度が高いところとして抗菌薬、抗てんかん薬、抗癌薬、免疫抑制薬は押さえておきます1。尿酸降下薬や制酸薬も、薬剤性の血小板低下をきたすことがあります。この判断には病歴が大切で、最近開始した薬剤がないかを確認しましょう。これらの原因検索を行うことで自ずと対処法が決定されます。
② ナトリウム
ナトリウムは輸液のメニューを決めるうえで必須の項目です。
✔ 高ナトリウム血症
高齢者、特に認知症高齢者の脱水の原因の大半は、高ナトリウム血症です。高ナトリウム血症がある場合は、低張液を中心の輸液メニューとします。具体的には、ソルデム3A®が挙げられます。ただし、低血圧や腎前性腎不全など血管内脱水の徴候を認める場合は、ラクテック®などのリンゲル液を併用します。ソルデム3A®は維持液として有名ですが、高ナトリウム血症の治療薬でもあります。裏を返すと低ナトリウム血症を惹起するため、注意が必要です。ナトリウムを1〜2日ごとにモニタリングし、改善が乏しければ、5%ブドウ糖液を併用します。最初から5%ブドウ糖液のみのメニューとすると、ナトリウムが急激に低下するリスクがあり、一般内科医にはやや使いにくいと感じます。
✔ 低ナトリウム血症
低ナトリウム血症はさらに頻度が高い病態です。高齢者では低浸透圧性で脱水気味という病態に遭遇する頻度が高く、具体的には、薬剤性やバゾプレシン分泌過剰症(SIADH)、さらに鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症(MRHE)が挙げられます。薬剤性の低ナトリウム血症では、利尿薬やARBが原因であることが多いです。中枢に移行する抗てんかん薬や向精神病薬は、薬剤性のSIADHを引き起こし、低ナトリウム血症を惹起します。脱水のエピソードがない典型的なSIADHに遭遇することは稀です。むしろ、高齢者の場合は、SIADHかMRHEかの判断に迷う症例のほうが多いです。判断に迷うときは、メインをリンゲルや生理食塩水などの等張液にしておくほうが無難です。ただし、それらにはカリウムやビタミンは配合されていないので、適宜補充すべきです。食事が十分に摂取できているのであれば、生理食塩水の負荷は不要で、SIADHに準じて水制限のみで良いでしょう。行うとしても純粋な塩分負荷である塩化ナトリウムの経口摂取を選択します。水制限±塩分負荷+被疑薬中止でも改善が乏しければ、MRHEと診断して、フロリネフを0.05mgの最小容量から開始します。
③ カリウム
✔ 高カリウム血症
高カリウム血症も比較的遭遇する頻度が高いです。心電図変化が出ている場合は、カルチコールとグルコース・インスリン療法、透析などで急場をしのぎます。高カリウム血症は腎不全が背景にあることが大半ですが、腎不全の治療薬のうち、カリウムが上昇させる内服薬の中止が出来るか検討します。具体的には、ARBやACE阻害薬、K保持性利尿薬、ST合剤などが挙げられます。脱水があれば生理食塩水による輸液を、心不全などでvolumeが多い場合はラシックス®を使用してカリウムを低下させます。ケイキサレート®などのカリウム吸収阻害薬も有効ですが、便秘を惹起するので下剤と併用します。その場合、酸化マグネシウムは腎不全では避けるべきなので、ラグノス®、ソルビトール®、ベンコール®などが使いやすいです。
✔ 低カリウム血症
低カリウム血症の原因として頻度が高いものは、intake不足、薬剤性、低マグネシウム血症です。薬剤性ではラシックス®やサイアザイドなどの利尿薬が原因となります。甘草による偽性アルドステロン症も重要です。
Intake不足は高齢者では比較的、頻度が高く、低マグネシウム血症を合併することも多いです。低カリウム血症の場合はルーチンにマグネシウム血中濃度を測定すべきでしょう。特にアルコール依存、低栄養は低マグネシウム血症のリスクです。
低マグネシウム血症を合併していれば、点滴でマグネシウムの点滴での補充を開始します。経口摂取が可能ならば、カリウムの補充は内服で行うことが原則です。健常成人のカリウムの1日必要量は40mEqなので、食事や点滴の量を合わせて40mEqから上乗せしたカリウムを補充します。ただし、腎不全患者や高齢者では控えめにしたほうが無難です。
④ カルシウム、マグネシウム
✔ 高カルシウム血症
カルシウムで問題になるのは、大概、高カルシウム血症です。特に原因不明の悪心・嘔吐などでは、高カルシウム血症を念頭に血中カルシウム濃度を測定します。高カルシウム血症の原因は様々ですが、日本では活性型ビタミンDによる薬剤性の頻度が相対的に高いです。特に腎不全患者でリスクが高く、活性型ビタミンDの中止が必須になります。もちろん、腎不全の他に、悪性腫瘍や副甲状腺機能亢進症も忘れてはいけません。高カルシウム血症を認めた場合の治療は、原則として生理食塩水です。ラクテック®などの乳酸リンゲルにはカルシウムが含まれているので避けるべきです。
✔ 低マグネシウム血症
前述したように、マグネシウムは、低栄養・アルコール依存症などの低カリウム血症で低マグネシウム血症が問題になります。
✔ 高マグネシウム血症
高マグネシウム血症は、腎不全患者に酸化マグネシウムを処方し、脱水になることによる医原性の頻度が極めて高いです。こちらも生理食塩水輸液と酸化マグネシウムの中止で治療します。
重度の高マグネシウム血症は、高カリウム血症と同様に致死性があるため、カルチコールや透析などを検討することもあります。マグネシウムはルーチンで測定する必要はありませんが、低栄養、アルコール依存、腎不全、酸化マグネシウム内服などの状況では測定を検討します。
⑤ 腎機能
腎機能障害を認めた場合、まず重要なことは以前の腎機能との比較です。以前の腎機能と比べて悪化している場合は、腎前性、腎性、腎後性に分けて原因を考えます。
まず腎後性を真っ先に否定すべきです。「そんなこと言われなくてもわかる」と思うかもしれませんが、そつもりで診なければ必ず見逃します。行うことは簡単で、エコーで膀胱の尿貯留と水腎症をみるだけなのですが、これを怠ってはいけません。
明らかに脱水の病歴がある場合や、感染症を合併する場合などは、腎前性腎不全として、十分な細胞外液の輸液が必要です。ただし、心不全合併例ではただ輸液をすればよいというわけにはいきません。Cardio renal syndromeと呼ばれる概念があり、心不全を伴う腎機能障害では、利尿薬を使用することで腎機能も改善しえます2。うっ血が高度の場合は腎臓もうっ血するため、利尿薬で改善するというイメージで考えれば良いでしょう。心不全と言っても、心拍出量が低下し腎血流が低下している場合は、強心剤が必要になることもあります。腎前性に関しては鑑別が多岐に渡りますが、まず薬剤性を除外し、尿沈渣を行うという対応が必要になります。NSAIDS、抗菌薬、ARB、ACE阻害薬、利尿薬は、腎機能を悪化させるため、まずは中止を検討します。尿路感染を伴わないにも関わらず、尿沈渣異常を認める場合は、糸球体腎炎や間質性腎炎を疑います。ピットフォールとして、心房細動患者でLDH上昇を伴う場合は、腎梗塞の可能性を忘れないことです。
⑥ 肝機能
肝機能障害も検査値異常がある場合に、比較的遭遇しやすいです。AST、ALTのようなトランスアミナーゼが優位な場合と、ALP、γGTPなどの胆道系酵素が優位な場合に分けて考えます。
✔ 薬剤性肝障害と肝炎ウイルス
トランスアミナーゼが優位な場合にまず考えるのは、アルコールを含めた薬剤性の肝障害と肝炎ウイルスです。ですから、薬剤歴の詳細な聴取と肝炎ウイルスのスクリーニング、腹部エコーが重要な検査になります。なお、不明熱を伴う場合は伝染性単核球症や成人発症スティル病を、全身状態が不良な場合や心不全を合併する場合はショック肝やうっ血肝を、念頭に置きます。自己免疫性肝炎も念頭に置く場合は、IgG、抗核抗体を検査に提出します。γGTPやALPなどの胆道系酵素が優位な場合も、まず行うべき検査は腹部エコーです。これによって、胆石や肝胆道系悪性腫瘍を除外します。腹部エコーでも異常が明らかではない場合は、腹部造影CTやMRCPなどを検討します。それでも、画像から異常がはっきりしない場合は、原発性胆汁性肝硬変を念頭に、抗ミトコンドリア抗体を検査します。原発性胆汁性肝硬変であれば、ウルソデオキシコール酸の良い適応です。
✔ 薬剤性肝障害と胆石
入院中に問題になる頻度が明らかに高い事例は、薬剤性肝障害と胆石です。胆石は腹部エコーや腹部CTで判別可能ですが、薬剤性肝障害は病歴でのみ被疑薬の判別が可能です。よって薬剤歴の聴取と被疑薬の中止が重要になります。どんな薬剤も被疑薬となりますが、抗菌薬、抗結核薬、抗てんかん薬、アセトアミノフェン、NSAIDS、尿酸降下薬、アミオダロン、PPI、H2阻害薬、抗癌薬、免疫抑制薬、漢方薬、糖尿病治療薬(α-グルコシダーゼ阻害薬、メトホルミン)などが重要です。
- ルーチン検査を出しっぱなしにしない。
- ルーチン検査は薬剤の副作用を見抜くチャンスになる。
症例(病棟の極意・実践後)
86歳の女性が食欲不振で入院した。採血では腎機能悪化、低ナトリウム血症、高カリウム血症を認めた。酸化マグネシウムを内服していたため、マグネシウムを追加したところ、高マグネシウム血症を認めた。ARB、ループ利尿薬、スピロノラクトン、活性型ビタミンD、ロキソプロフェン、酸化マグネシウムは全て中止した。また、貧血を認めたため、フェリチン、ビタミンB1、ビタミンB12、葉酸をチェックし、直腸診を行ったところ、タール便を認めた。PPIを開始し、上部消化管内視鏡検査を行ったところ、胃潰瘍を認めた。絶食として、生理食塩水の点滴を開始した。開始後、電解質異常は全て改善し、腎機能も改善した。食欲も改善し、食事摂取が可能となった。
3■著者略歴
森川暢(市立奈良病院)
2010年 兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科
■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論
■著書
『総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢
■現在連載中
『総合診療』(医学書院)指導医はスマホ!? 誰でも使えるIT-based Medicine 講座
『J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める
【参考文献】
- Sultan Ayed Al Qahtani. Drug-induced megaloblastic, aplastic, and hemolytic anemias: current concepts of pathophysiology and treatment. Int J Clin Exp Med. 2018; 11(6): 5501-5512.
- Rangaswami J, et al. Cardiorenal Syndrome: Classification, Pathophysiology, Diagnosis, and Treatment Strategies: A Scientific Statement From the American Heart Association. Circulation. 2019 Apr 16;139(16): e840-e878.
- 厚生労働省.重篤副作用疾患別対応マニュアル薬物性肝障害. https://www.info.pmda.go.jp/juutoku/file/jfm0804002.pdf